桜ふたたび 後編
アトランタのコンドミニアムを引き払ったとき、痕跡は全て消したはずだ。
カールが訪れる危険はあったけれど、万が一彼が捕捉されても自閉症の口からは何も聞き出せやしないと軽く見ていた。

やはりアランの命令通り始末しておくべきだった。メルが懐いているからと情を移したのが失敗だった。

いや、もとからメルを巻き込むことは反対だったのだ。
相手が子どもとしかコミュニケーションできないからと、我が子に犯罪の片棒を担がせるなんて、どうかしている。

それでもアランの計略に従ったのは、復讐のためにはカールが必要不可欠だと説得されたからだ。
十年も待たせたのも、FBIがカールの監視から撤退するのを待っていたのだと言うからだ。

それにしても、カールはリールの地名さえ知らないのに、どこで足が着いたのだろう。
エルモ・アルフレックスの懐に入り込み、盗み得た情報で、ここまで計画通りに進んでいたのに。

《何か訊かれた?》

《何も訊かれない》

メルが二度瞬きしたのを、エマは見逃さなかった。何か隠しているときの息子の癖だ。
エマは今度は猫なで声で尋ねた。

《メル。ねぇ、怒らないから正直に言って頂戴。そのおじさんに何を聞かれたの?》

メルは上目遣いに母親の顔色を伺った。
エマが優しく笑みを作る。
メルは、両の人差し指と親指で三角形を作り、指先をぐちぐち動かして、言うか言わぬか悩んでいたが、ようやく覚悟を決めたのか、一度チラリと母を見て、再び三角形に目を落として口を開いた。

《何も聞かれない。でもぼく……、ラップランドのことしゃべっちゃったんだ》

エマは驚駭した。

《ごめんなさい》

罪なく謝る息子を視線の端に見ながら、エマは蹶然と立ち上がった。
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