桜ふたたび 後編
天候が変わりやすいサーリセルカは、昼から大吹雪になった。
夕方に雪は止んだが、道は積雪で走りにくい。

イヴァロ空港に降り立ったキアラは、悪道をものともせずに車を飛ばした。
町を突っ切り、極夜の森の道を駆ける。ときおりウサギなどの小動物が飛び出してきて、車は何度かスリップした。

〔キアラ⁈〕

ナースステーションに突如現れた炎のような赤毛に、当直ナースたちがベリージュースを零しかけた。

〔アーシャは?〕

〔先ほど帰られましたけど〕

〔しかたないわね。彼女を移すから、準備して頂戴〕

〔これから?〕

ナースたちはほとほと呆れたように顔を見合わせた。

キアラは、警察も消防署もない小さな町に、八年前、待望の病院を誘致した功労者だ。
どこかの企業がスポンサーらしく、ロシアやエストニアから招聘したドクター陣に最新の医療機器・テクノロジーを備える立派な病院を建ててくれた。

町には風邪や腹痛くらいで病院に駆け込む習慣はないから、来院者は少ない。
逆に重症の入院患者が多いので、ドクターヘリで移送するしか術がなくその途中で命を落とした者が少なくない頃を思えば、キアラには感謝しかない。

だから病院側も、事情のありそうな患者をいく人も受け入れてきた。
恐ろしくて聞けないけれど、やばいことに荷担させられているのは誰もがわかっている。
特別室から神隠しのように消えてしまった患者が、何人いることか。

今回の患者は、初めのうちこそ断食したりと抵抗を見せたけど、諦めたのか今では本物の入院患者のように大人しい。

今までのVIPのように傲慢ではないし、暴れることもないし、精神を病んでいく兆候もない。
請われて気分転換に屋上へ連れて行っても、監視役のナースと談笑したり、静かに絵を描いているくらい。穏やかに過ごしていた。
もちろんこれはキアラには内緒だ。

〔よく眠れないとおっしゃって、夕飯のとき睡眠薬を飲んでいましたから、起きないんじゃ──〕

〔いいから、鍵を開けなさい!〕

キアラの怒声に、ナースたちは不服そうな目をして、新人ナースに向かって顎をしゃくった。
白羽の矢が立ったアイラは、渋々カードキーを保管庫から取り出して、ナースステーションを後にした。
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