桜ふたたび 後編
キアラの婚約者には野心があった。

新たなホテルでの社長の座を目論んだ彼は、ホテルに不利な内情をAXにたれ込み、さらには姉を謀り聞き出したIRA(アイルランド共和軍暫定派)と父の密事を告発した。

その目論見は失敗した。言葉巧みで忠節の欠片もない人物を、あの黒髪の青年は初めから信用してはいなかった。

由緒ある血筋と裕福な家、そのうえ美しいジンジャーヘアにグリーンアイという神が与えたもうた奇跡の容姿。幼い頃から何もかもに恵まれた姉は、自分へ向けられるものすべてが好意だと疑わない。

だから、姉が自称アイルランド人投資家リーアム・コリンズと婚約したとき、心配だった。

おでこが広く真っ白な歯を見せて爽やかに笑う男は、人当たりが良く初めのうちはホテルの従業員にも低姿勢だったのに、権力者に諂い取り入ると、豹変して横柄になり、父の名を振りかざし我が物顔で命ずるようになったと、悪評を耳にしていたからだ。

あからさまな媚びは、受ける方もわかってはいるのだろうけれど、それでも上手に持ち上げられれば悪い気はしないから、父も彼に対する目が甘くなる。

公明正大と重きを成す父の名まで落とすのではないかと懸念が積もり、何度も忠告しようと思った。
けれど、僻みや陰口に捉えられかねないと勇気がでなかった。
言ったところで姉は太陽、妹は月、信じてはくれなかっただろう。

そんな中、あの忌まわしい事件が起こったのだ。
< 261 / 271 >

この作品をシェア

pagetop