桜ふたたび 後編
そこから先の会話は、シアーシャの頭の中を黒板消しで消したようにジグザグに飛んでいる。

衝撃的な展開に記憶を喪失したのか、本当にあっという間の出来事で書き込みが追いつかなかったのか、覚えているのは、キアラを侮辱しカソリックを嘲弄したリーアムの悪魔のような唇、猟銃を彼に向け憤怒に血走った父の目、父を制止する男たちの声と姉の悲鳴──。

目を瞑っても、瞼の裏に否が応でも甦るのは、庭に横たわる父の体だ。

ゆすぶった体はまだ温かく、ただ体が不自然な形に曲がっていた。
カッと見開いた目を飛び降りた窓に向け、流れ出る赤い血が、青々とした芝生に染み込んでいった。

とりすがる体を引き離され、悲しみを自覚するひまもなく、わけもわからぬ感情に泣き叫んでいたシアーシャは、ようやく人々で錯乱する視界の中に姉の姿がないことに気づいた。

不吉な予感に駆け戻った部屋で、全身に血を浴びた姉は、頭のほとんどが失われた婚約者の血溜まりの中で、彼を殺した銃口を茫然と胸に向けていた。

その日から、聡明で豁達で自信に満ちた姉は心を病み、一年を病院で過ごした。

自信という鎧の内面は、実は打たれ弱く脆い。
治療で精神の健康を取り戻したと言うけれど、志の高かった医師が患者側となったことで、鎧が壊れてしまったのかもしれない。

いや、目の前で婚約者の頭が吹っ飛んだのだ。誰だって正気でいられるはずがない。

真実を受け入れることができず、理想と現実の狭間で疲れ、廃人のように過ごしていた姉に変化があったのは、リーアムの知人だというアランが見舞いに訪れてからだった。

血生臭い男、殺人を犯したような禍々しい手で姉の肩を抱き、故人の思い出話などして労っていたけれど、その言葉の端々に何かを探っている腹黒さをシアーシャは感じていた。

姉は見る見る回復し、平常を取り戻したかのように見えた。
けれどシアーシャは、姉の瞳が、失ったもの代わりにただならぬものを見据えているようで恐ろしかった。

そう、アランは空洞になった姉の心につけ込んで、復讐という魅惑的な光で目を眩ませ、都合のいい駒として利用しているだけだ。
< 263 / 271 >

この作品をシェア

pagetop