桜ふたたび 後編
──ジェイ……。

瞼の裡に、ジェイの笑顔が浮かんだ。

祇園の桜、嵐の東京、丘のパーゴラ、ローマの街、シープメドウ、泉岳寺のマンション、室戸岬、ジェノバの屋敷。すべてが優しく美しい。そこには確かな愛があった。

生い立ちや自ら犯した罪から、ひとり生きていくことを決めていた臆病な澪に、愛し方も、愛され方も、夢を見ることも、希望を持つことも、信じることの苦悩も歓びも、未来永劫に変わらぬ愛があることも、彼が教えてくれた。
自分の人生を宿命と諦めるのではなく、すべてを受け入れ赦すことで世界が変わると、彼が教えてくれた。

生まれてきたことに感謝している。出会えたことに感謝している。

──ジェイ、愛してます。

もっとたくさん愛してると言ってあげればよかった。
もっとたくさん抱きしめてあげればよかった。
ジェイによく似た子どもを生んで、もっともっと幸せにしてあげたかった。

──ごめんね、あなたをまたひとりにしてしまう。

アースアイが静かに笑った。
氷のような瞳の中にオレンジのフレアが温かい。
彼の胸に抱かれているように雪が身体を包み込んでゆき、四肢の痙攣が止まり急に背中が軽くなった。

目を閉じるとなぜか不思議な心地良さが訪れた。
遠くで木菟が子守歌を唄っていた。

そのまま死の眠りに引き込まれそうになったとき、無言の空に音がした。
エンジン音と、ローター音。微かに、だけど確かに大きくなっている。
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