桜ふたたび 後編

4、桜ふたたび

京都にまた桜の季節が巡ってきた。

ジェイは白川沿いの桜を振り仰いだ。
三年前と変わらず、桜は今年も見事に咲いている。

半年前のあの夜、屋上ヘリポートから踏み込んだ病院に澪の姿はなかった。
同時にシアーシャの自宅に向かっていたニコから、キアラがライフルを持って澪を追ったと連絡が入った。
すぐにニコが、シアーシャから拝借したスノーモビルで、キアラの逃走に備えて携帯した赤外線カメラ搭載のドローンを駆使して澪を捜索した。
そして間一髪、キアラを取り押さえた(と言うより、スノーモービルで轢いた)。

キアラは逮捕され、時を同じくして、アラン・ヴィエラの身柄もパリで拘束された。

これにより、過去の事件の全容も詳にされるだろう。

孤児となったアシュラフ・カテブが、詐欺を生業としていたことはジェイも突き止めていた。
疑い深いミロシュビッチが彼を重用したのも、マネーミュール(資金洗浄)の手腕からだろう。
彼が率いていたサイバー詐欺集団の一員に、ラリー・オーサーがいたこともわかった。

「二億ドル事件の首謀者はラリー。ところが、足を洗ったはずのアランに嗅ぎつかれ、逃亡。アランはカールの裁判に手を加え、真相を隠蔽したのち残された家族にラリーの行方を吐かせようとしたが、失敗。惨殺に及んだ。後にラリーの死を知ったアランは、拡散した金の隠匿先を聞き出すためにキアラに近づき、まんまとお宝を手に入れた」

と言うのがウィルの見解だ。

アランは、キアラとジェイの因縁を知り、少年期に味わった屈辱と憎しみを再燃させたのだろうか。
キアラの復讐心を煽り、数々の犯罪に加担させ、自らも宿怨を晴らす機会を狙っていた。

いや、復讐心を募らせ高めるキアラに、アランの方が煽られたのかもしれない。メルの存在が歯止めにならなかったことは残念だ。

ジェイはすべてのAX株を失い、J&Aはわずか半年で解散した。
メンバーはみなちりぢりになり、新しい人生を歩き始めている。

ニコはシェイク・アブドラが新設したSAMサンフランシスコの一員となり、レオはパリで調査会社を立ち上げた。カールも彼と一緒にいる。
ウィルは古巣のローファームへ戻り、リンは結婚相手を見つけると旅に出た。

『再了(また逢いましょう)』

それがリンの別れの言葉だった。

失ったものは大きかった。
しかし得たものは、この世の何ものにも代えがたいものだった。

たとえ厳しい冬を迎えようとも、守るべき大切なものさえ見失わなければ、必ずまた春は巡り来る。
苦しみを乗り越えて、人はいく度でも新生する。この桜のように──。

「ジェイ」

ジェイは幸せそうに微笑むと、お腹の少し膨らんだ澪の肩を抱き、桜吹雪のなかへ消えていった。



       ─ 完 ─
< 271 / 271 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:21

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

桜ふたたび 前編

総文字数/224,665

その他304ページ

表紙を見る
ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

総文字数/126,931

その他154ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop