桜ふたたび 後編
「これを東京へ行っせぇ、どうすっつもりと? だいたい、突然訪ねてきて、どこんだいだか素性も知らん外国人を、信用したもんせちゆとが無理な話じゃ」

「仰るとおりです」

感服したように頭を下げたその口端が、少し笑って見えたのは光の加減だろうか?

「私は現在、New Yorkに本社を置く投資ファンド会社のManaging Dorector ──部長の職にあります。父はイタリア人、母はフランス人ですが、生母は日本人です」

澪が驚いた目を彼に向けたのは、彼がそこまで話すとは予想していなかったのではないだろうか。

誠一は古い人間だ。外国人と言うだけで信用がならないと先入観があった。純情な澪をたぶらかす、下劣な男だと思っていた。可世木の娘のときのように、基地での任期が終わったからと無責任に帰国されてはたまったものではない。
それが、同じ日本人の血が流れていると訊くと、一気に親近感が湧いてくるから奇妙なものだ。
日本人ほど人情に厚く、礼儀正しく、勤勉な国民はいないと、誠一は自負している。澪の父親を除いては。

「私は、多忙な両親を持ち家庭というものを知りません。私自身も仕事に埋没して、人間として正常な感情を失っていました。澪さんに出会ったのは去年の春です。過ちも失敗もありましたが、それでも彼女はいつも温かい愛情で私を包んでくれる。彼女がいるからこそ、私は自分を見失わずにすむ。希望も歓びも人としての痛みも、彼女が教えてくれました。ご心配もわかります。ですがこの先どんなことがあっても、私は必ず彼女を守ります。どうか、澪さんの人生を私に預けてください」

誠一は目を閉じて、しばらくしてからうんうんと頷いた。わずかな言葉で、彼の孤独と、澪との絆を見てしまった気がした。

誠一はゆっくりと目を開き、長嘆した。

「あた(あなた)の気持ちはわかった。じゃっどん、オイは澪を預かっちょっ、嫁入り前ん娘を男ん元へやっわけにはいかん。一緒に住んちゆとなら、結婚してからにしやんせ。それとも、これと結婚できんわけがあっとな?」

ジェイにあきれ顔を向けられて、澪は気まずそうに肩をすくめている。
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