桜ふたたび 後編
「私たちはすでに婚約をしています」

「あ、ああ、そうやったか……」

そういう肝心なことを、なぜ澪は言わない。
何度も何かを言いかけていたのを、無視したのはこちらの方だが。

「ただ、私は創業者一族であり会長の息子です。結婚すれば、妻には対外的な交際も務めてもらわなければなりません。彼女がその責務に堪えられるようになるまで、結婚は待つつもりです」

「それならなおさらんこっ、澪はやれん」

誠一はきっぱりと言った。ジェイの片眉がわずかに上がった。

「これは母親に似っせぇ(似て)、情ん深か娘じゃ。惚れた男んためには、ないを犠牲にしてん尽くすじゃろ。じゃっどん、残念ながら、これは母親に似ず正直で不器用じゃ。傷つったぁ目に見えちょい」

「私としては今すぐ結婚して、彼女をNew Yorkへ連れて帰りたいのです。けれど、私と彼女とは生きてきた環境が違いすぎる。急激な変化は、彼女を傷つけるでしょう。一方に変化を押しつけては、幸せな家庭は築けない。協調しあって、ふたりが共に生きられる道を模索したい。そのために、東京での時間をいただきたいのです」

「じゃ、あたは澪んためにどげん歩み寄りをしてくるっとな?」

「現在抱えている案件が片付いたら、当分、東京に仕事の拠点を移すつもりです」

「あたが東京におらん間は、どうすっとな? 東京には知り合いもおらん」

「私の知人夫妻がサポートします。すでに住居を購入しましたし、生活に不自由することはありません」

「じゃっどん、いっかはアメリカへ渡らんにゃならんのじゃろ? 澪は英語もろくに喋れん」

「言葉の問題でしたら、一ヶ月もあれば日常生活に困らなくなります。それに、妹と秘書は日本語も堪能ですし、澪と懇意にしていますから、力になってくれるでしょう」

「国際結婚ともなっと、色々と面倒なこともあっじゃろ?」

「欧米では一般的なことです。法的な手続きは、私の顧問弁護士がすべて行います」

誠一はふうっと息を継いだ。
ここまで澪を迎え入れる準備をしていたとは考えてもいなかった。もう惚れた腫れたの次元ではなさそうだ。
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