桜ふたたび 後編
「どうぞ」

「さっき、澪ちゃんを迎えに来たって、言いましたよね?」

盗み聞きしていたなと、ジェイが目で問うと、なずなはまたエヘッと笑った。

「まさか、このまま澪ちゃんを連れて行っちゃうつもりじゃないですよね?」

「真壁さんのお許しが出たらね」

懐いていたなずなの笑顔が、とたんに険しくなった。
誠一は淡々と酒を呑み、春子は少しだけ眉に陰りを見せたが、薄々予期していたのだろう。先刻の玄関先での遅疑は、早すぎる別れを察知したのかもしれない。

「うそでしょう?」

なずなは不治の病を宣告された家族のように、澪に否定の言葉を求めている。

「だって、澪ちゃんを東京へ連れて行ったって、ジェイはニューヨークじゃないですか。こっちならお父さんもお母さんもいるし、ご近所づきあいも職場も上手くいってるんだから、ジェイが澪ちゃんに会いにくればいい」

「それはムリだな。私には時間がない」

「何それ? それならいっそニューヨークへ連れてっちゃえば?」

なずなはやけくそに言う。
ジェイは微笑んだ。なずなにせよ誠一にせよ、澪への愛情ゆえに異を唱えているのだ。

「できればそうしたいけれど、私は留守が多いから、澪を外国でひとりにすることになってしまう。ニューヨークは安全な場所ではないし、澪には言葉や習慣や文化の違い、それに大人の事情で、様々な負担をかけることになる。いきなりではパニックになるからね。東京で少しずつ準備をして、慣れてもらおうと思っているんだ」

「ふぅん。その大人の事情って、悠ちゃんが言う、セレブとのおつき合いってことですか?」

「それもある」

「それはムリだわ」

なずなは即座に反論した。

「それができないから、澪ちゃん、逃げたんでしょう? だいたいさぁ、澪ちゃんが好きなら、ジェイの方が澪ちゃんのレベルに合わせたらいいじゃん。下から上へより上から下への方が簡単でしょ? お金持ちの方が偉いって訳じゃないんだから」

「やめやんせ」

誠一は焼酎のロックを嘗めながら静かに言った。

「大人ん事情に、口を挟んもんじゃなか」

「そうど、第一、澪がそこらんセレブに負くっわけがなかやろう?」

脳天気に笑う春子に、毒気を抜かれたように、誠一もなずなも呆れ顔をした。
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