桜ふたたび 後編

「よか人じゃなかと」

窓越しに花火遊びを眺めながら、春子は夫に聞かせるように呟いた。

「あん澪がねぇ……」

春子がこの家に嫁いだとき、澪の母親の真希は中学生だった。評判の美少女で、生まれてすぐ父親を亡くしたことや、病弱だったことや、誠一とは一回りも年が離れていることもあって、周囲からちやほやされて育ち、そのせいか小生意気で小狡いところがあったけど、明るくてなぜか憎めない娘だった。

彼女に変化があったのは高校にあがってすぐのこと。お洒落にばかり興味を持ち、魚の臭いを嫌うようになり、田舎町を蔑むようになった。
難しい年頃だからと放っておいたのがいけなかった。アイドルになると家出して、音信不通になり、戻ってきたときには、身ごもっていた。

真希から泣く泣く、〈結婚の約束をしていたのに、良家のお嬢さんとの縁談に裏切られた〉と聞かされて、怒髪天の誠一が相手の家に直談判して責任を取らせたけれど、婚姻という解決方法が正しかったのか、正直自信がない。
亡くなった姑は疑うことを知らないひとだったし、誠一は妹に対しては目が曇る。いや、真希の性根をわかっていても、妹を庇ってやらねばと、長男の使命感なのだろう。

すべてが真希の望み通り。入籍して枕崎で澪を出産した彼女は、出生届けを提出すると出て行ったきり、帰っててくることはなかった。まだ十七歳、子育てより、女として好きな男と暮らしたい。それも、真希の望みだったのだろう。

澪は、母親に産み捨てにされたと世間からは憐憫された子だけれど、二度の流産に子どもを諦めていた夫婦にとっては天からの授かりものだった。
愛らしく素直でやさしい宝物。大切に大切に育てていたのに。
いまだに誠一は、姑が澪を妹へ引き渡したことを恨んでいる。

里心がつくからと真希から連絡を断られ、どこまでも勝手だと腹を立てたこともあった。なずなが生まれてからは、我が子の健康な成長を見るにつけ、心の隅に気がかりを感じていた。だから、姑が隠れて真希になけなしの金を送っていたことも、澪のためならと知らぬ振りをしていた。