桜ふたたび 後編

2、スノーフレーク

雨はあがった。車窓から見える空は、依然、薄雲に覆われているけれど、所々、雲の切れ目に上空の水色の空が覗いて、夕陽を映した雲が水彩画のように浮かんでいた。

木々に囲まれた広い芝庭。緑のパラソルが五つ開いたその下で、二十名ほどの客がディナーを愉しんでいる。左手にビュッフェワゴンがあり、シェフが肉を焼いているのか、薄く白い煙が立っていた。

シャンパングラスを手にテーブルをまわり、談笑していた初老の男性がこちらに気づき、首を伸ばして手を挙げた。

「お忙しいところを、ようこそおいでくださいました」

赤いピンストライプのオープンシャツに藤色のコットンパンツ、カジュアルに見えても仕立てがとても良さそう。ロマンスグレーの髪も上品で、若い頃はきっともてただろうと想像できるダンディーな顔立ちの彼は、この家のご主人、今夜の主役のようだ。

「お招きありがとう」

握手を交わすジェイの口調に、澪は目を泳がせた。
友人と呼ぶにはずいぶん年嵩の相手なのに、そこには尊敬も謙遜も見当たらない。ジェイに儒教の道徳を求めることが間違っていた。

ご主人は穏やかな眼差しを澪に向けて、

「こちらの方が?」

「ええ」

挨拶しようと身構えた澪の背後で、大勢の学生に講義するような、落ち着いたよく通る声がした。

「いらっしゃい」

振り返ったジェイの瞳に少し緊張が走ったように見えた。

「マダム、おめでとうございます」

古来からの作法のように、差し出された手の甲にジェイは恭しく口づけをする。

白百合色のシックなワンピースに、足元はきれいなシルエットのスリングバックパンプス。ダークゴールドの夜会巻きの女性は、カトリーヌ・ドヌーヴを思わせるノーブルな美人で、年齢を重ねることが美徳と思えるほど、目尻の皺さえ気品を感じさせる。
ジェイの母親に似ていると感じたのは、彼女の圧倒的な存在感のせいかもしれない。
< 43 / 271 >

この作品をシェア

pagetop