桜ふたたび 後編
2、スノーフレーク
雨はあがった。車窓から見える空は、依然、薄雲に覆われているけれど、所々、雲の切れ目に上空の水色の空が覗いて、夕陽を映した雲が水彩画のように浮かんでいた。
木々に囲まれた広い芝庭。緑のパラソルが五つ開いたその下で、二十名ほどの客がディナーを愉しんでいる。左手にビュッフェワゴンがあり、シェフが肉を焼いているのか、薄く白い煙が立っていた。
シャンパングラスを手にテーブルをまわり、談笑していた初老の男性がこちらに気づき、首を伸ばして手を挙げた。
「お忙しいところを、ようこそおいでくださいました」
赤いピンストライプのオープンシャツに藤色のコットンパンツ、カジュアルに見えても仕立てがとても良さそう。ロマンスグレーの髪も上品で、若い頃はきっともてただろうと想像できるダンディーな顔立ちの彼は、この家のご主人、今夜の主役のようだ。
「お招きありがとう」
握手を交わすジェイの口調に、澪は目を泳がせた。
友人と呼ぶにはずいぶん年嵩の相手なのに、そこには尊敬も謙遜も見当たらない。ジェイに儒教の道徳を求めることが間違っていた。
ご主人は穏やかな眼差しを澪に向けて、
「こちらの方が?」
「ええ」
挨拶しようと身構えた澪の背後で、大勢の学生に講義するような、落ち着いたよく通る声がした。
「いらっしゃい」
振り返ったジェイの瞳に少し緊張が走ったように見えた。
「マダム、おめでとうございます」
古来からの作法のように、差し出された手の甲にジェイは恭しく口づけをする。
白百合色のシックなワンピースに、足元はきれいなシルエットのスリングバックパンプス。ダークゴールドの夜会巻きの女性は、カトリーヌ・ドヌーヴを思わせるノーブルな美人で、年齢を重ねることが美徳と思えるほど、目尻の皺さえ気品を感じさせる。
ジェイの母親に似ていると感じたのは、彼女の圧倒的な存在感のせいかもしれない。
木々に囲まれた広い芝庭。緑のパラソルが五つ開いたその下で、二十名ほどの客がディナーを愉しんでいる。左手にビュッフェワゴンがあり、シェフが肉を焼いているのか、薄く白い煙が立っていた。
シャンパングラスを手にテーブルをまわり、談笑していた初老の男性がこちらに気づき、首を伸ばして手を挙げた。
「お忙しいところを、ようこそおいでくださいました」
赤いピンストライプのオープンシャツに藤色のコットンパンツ、カジュアルに見えても仕立てがとても良さそう。ロマンスグレーの髪も上品で、若い頃はきっともてただろうと想像できるダンディーな顔立ちの彼は、この家のご主人、今夜の主役のようだ。
「お招きありがとう」
握手を交わすジェイの口調に、澪は目を泳がせた。
友人と呼ぶにはずいぶん年嵩の相手なのに、そこには尊敬も謙遜も見当たらない。ジェイに儒教の道徳を求めることが間違っていた。
ご主人は穏やかな眼差しを澪に向けて、
「こちらの方が?」
「ええ」
挨拶しようと身構えた澪の背後で、大勢の学生に講義するような、落ち着いたよく通る声がした。
「いらっしゃい」
振り返ったジェイの瞳に少し緊張が走ったように見えた。
「マダム、おめでとうございます」
古来からの作法のように、差し出された手の甲にジェイは恭しく口づけをする。
白百合色のシックなワンピースに、足元はきれいなシルエットのスリングバックパンプス。ダークゴールドの夜会巻きの女性は、カトリーヌ・ドヌーヴを思わせるノーブルな美人で、年齢を重ねることが美徳と思えるほど、目尻の皺さえ気品を感じさせる。
ジェイの母親に似ていると感じたのは、彼女の圧倒的な存在感のせいかもしれない。