桜ふたたび 後編
「だろうね。マイフェアレディのつもりかなんか知らんけど、自分好みの女を作ろうとか考えてるんだろうな。世の中に思いどおりにならないことなんてないと思ってる。王様だからね、彼は。君の人生もチェスの駒ぐらいにしかみてないんじゃない?」

「彼は、そんなひとじゃありません」

よく識りもしないで何て失礼なひとだろう。
でも実際、ファッションから何から、ジェイが自分の価値観を澪に押しつけようとしていることは否定できない。英会話のこともサロンのことも、澪には一言の断りもなく決めてしまう。YESかNOかも聞いてくれない。

「じゃあ、なんでさっき暗かったのさ?」

「それは……、ちょっと、まだ、なじまなくて……」

「まだ、じゃなくて、絶対になじまないってわかっているからだよ。君の心が拒絶してるんだ」

澪は立ち止まると、無言で頭を下げて背を向けた。これ以上、辻の話を聞いていると、何かが爆発しそうだった。

「ねぇ、あんなのやめて、俺とつき合おうよ」

俗臭芬々とした言葉に、呆れたと振り返った目の前に、挑発的な辻の笑顔があった。わざと澪の感情を嬲ろうとしているようで、澪は挑発に乗るまいと、自分からは口にしたことのないことをあえて言った。

「わたし、彼と婚約しているんです」

「考え直した方がいいと思うな。君はこちら側の世界の人間だ。どんなに背伸びして頑張ったって、王様にはとうてい手が届かない。王様がゲームに飽きてしまえば、そこでジ・エンドだ」

澪は頭を戻した。その瞳が動揺で揺れていた。
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