桜ふたたび 後編
「やめた」

「え?」

「大阪には行かない」

「どうして? 仕事は?」

澪は前のめりになっておろおろと言う。

「澪が冷たくするから、行きたくなくなった」

「つ、冷たくなんかしてません」

「それでは、なぜ私を拒否するんだ?」

あの夜以来、澪は体に触れさせない。明るい笑顔で送り出し、温かく出迎え、キスをして、同じベッドに眠るのに、肝心なところで峻拒される。
何度強引に押し倒そうと思ったことか。しかし、前科があったので、突き進めなかった。

拷問だ。苦労してようやく手中に収めたのに、こんな仕打ちを受けるとは思ってもいなかった。
女の行動に理由を求めていたら、男はみなノイローゼになってしまうとアレクは曰うたが、なるほど真理だ。

澪は思案深げに目を閉じている。やがて小さく息を吐くと、目を伏せたまま言った。

「セックスだけの女になりたくないから」

「バカなことを。私は澪の全てを愛している。SEXはその一部に過ぎない」

ローマのレストランでの冗談を、澪は未だに根に持っている。過去の些細なことばの(あや)を蒸し返して責めるのだから、女というのはたいがいしつこい。

「そこまでして、何か言いたいことがあるんだろう? 何が気に入らないんだ?」

「……」

「言葉にしなければ、誤解されても仕方がない。ああ、そうか、澪もだいぶん慣れてきたし、そろそろアブノーマルなセックスもしてみたいのか──」

「ち、違います!」

「何が違うんだ?」

「えっと……だって……、何もかも、一人で決めてしまうから……」

ジェイは渋い顔をした。
澪の意見など伺っていたら、遅々として進展しないことは目に見えている。以前のように悠長に構えている時間は、今のふたりにはない。
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