桜ふたたび 後編
「悪かった。早く結婚したくて、勇み足になった。反省している」

「どうしてそんなに急ぐんですか?」

フォレストヒルズが静かすぎる。

ジェイは今、半年前の穴埋めどころか、表だった業績を一つも挙げられずにいるのだ。常なら査問されているはずが、この沈黙は不気味だった。
彼らのことだ、何かを画策しているに違いない。今までならいついかな状況にも即応できる自信があったが、今は澪がアキレス腱となっていた。

「結婚してもしなくても同じでしょう? 一緒に暮らしても別々でも同じだから」

澪は皮肉のつもりらしい。相変わらず彼女は結婚について消極的だ。こちらが少しでも足踏みすれば、躊躇いもせず婚約解消を言い出すだろう。だからこそ、強引にならざるを得ない。

「そのとおりだ。私は今も澪に夢中だし、結婚しても変わらない」

「それなら、こんやくを──」

「愛している」

ジェイは被せるように言った。

「ベッドのなかでも、車のなかでも、トイレのなかでも、いつでも澪のことで頭が一杯なんだ。このままでは仕事が手につかない。気が狂いそうだ」

仕事というキーワードで澪が折れることを、ジェイは心得ている。案の定、澪の瞳が揺れた。

澪をソファーに横たえる。唇で触れる。指で触れる。舌で触れる。体で触れたとき、床に脱ぎ捨てられた上着の中でスマートフォンが鳴った。

「ジェイ……でん……わ……」

「ほっとけ」
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