桜ふたたび 後編
葵の言う通り。ジェイが澪をエコ・ド・ヴィブレへ入校させたのは、今の澪では、〝あちら側の世界〞の方々とのおつき合いが憚られるからだ。あちら側の常識を教授して、どこに出しても見苦しい思いをしないようにとの配慮。

でも、いくら知識を詰め込んだところで、澪に務まるはずがないことは、ジェイだってわかっているだろうに。
内向的で心配性で、引っ込み思案のコミュ障、そのうえ貧乏性で倹約家。自己主張も自尊心もない、何の取り柄もない役立たずなのだから。

それもこれも、結婚する気がないのに、婚約解消を言い出せない澪が悪い。
忙しいジェイのせいにして、本当は逃げているだけ。本心は、このまま目を瞑ってやり過ごし、ずるずると婚約期間を続けていきたいと思っている。
返した婚約指輪が、いつか他の誰かの薬指に輝くことを考えると、厭で厭でたまらないから……。狡くせこい。

とにもかくにも、今は暫定的フィアンセなのだから、彼に恥をかかせないようにしなければ。〝女の美しさは男の甲斐性〞と千世の言葉が世間の指標なら、せめて外見だけでも彼のプライドが保てるように努力しないと。内面は変わりようがないのだから。

葵は腕時計を見ながら言った。

「今日はこれから、ウインドショッピングに出かけましょう。実践が英会話上達の近道です。ここからは、すべて英語でお願いします」
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