桜ふたたび 後編


「気になるようね?」

涼子は、ガゼボを振り返り見る茉莉花に声をかけた。
茉莉花はムッと唇を結び、疎ましそうにシルクストールを跳ね上げた。

「マダムも贔屓されるのなら相手をお選びにならないと」

涼子は、血の色をした薔薇の花をブランデーグラスのように掌に置き、じわじわと指を閉じていった。
そして、茉莉花の耳に届くように、声を高くして、

「彼女、葵のクライアントなんですって」

茉莉花の足がピクリと止まった。

「家庭教師をしているそうよ、英会話の」

茉莉花はいきなり鬼の形相を振り向けた。

「どうして葵様が家庭教師などされる必要があるの? そんなにお困りなら、私が伯父様にお願いして差し上げるのに」

「葵は自由を選んだのだから、実家からの援助は一切受けないわ」

あなた方のその高慢さを嫌って、家を捨てたのだからと、涼子は心の中で続けた。

葵とは15年前、役作りのために入校したサロンで知り合った。アイドルとの共演が元で、彼のファンからわがままだとか偉そうだとか散々叩かれた上に、つまらないことで炎上して、世間に嫌気が差していた頃だ。

清々しいまでに芯のスッキリと通った葵の存在は、ドロドロした芸能界で育った涼子には新鮮で、やがて親友と呼び合うようになった。

彼女の勧めで狭い日本を離れ、父が住むフランスで映画と芸術漬けの日々を過ごした。その甲斐あって、帰国後、女優として一皮剥けたとオファーが増えたけど、留学中に知り合ったパートナーとの生活のために、芸能界は引退した。

事務所の社長兼マネジャーの母親に反対され、裏切れず逡巡していた背中を押してくれたのも葵だ。
彼女も恋人との交際を一族から妨害されていたが、微塵の躊躇いもなく彼らと絶縁して入籍していた。

〈両親を愛している。でも従うことが愛ではないから。愛は対等なのよ〉
と、葵は言った。
< 62 / 270 >

この作品をシェア

pagetop