桜ふたたび 後編
「気になるようね?」
涼子は、ガゼボを振り返り見ている茉莉花に声をかけた。
茉莉花はムッと唇を結び、澪など眼中にないとアピールするように、疎ましそうにシルクストールを跳ね上げ歩き出した。
「マダムも贔屓されるのなら相手をお選びにならないと。他のみなさんに示しがつきませんでしょう?」
涼子は、血の色をした薔薇の花をブランデーグラスのように掌に置き、じわじわと指を閉じていった。そうして、通り越してゆく茉莉花の耳にも届くように、声を高くして、
「彼女、葵のクライアントなんですって」
茉莉花の足がピクリと止まった。
「家庭教師をしているそうよ、英会話の」
茉莉花はいきなり鬼の形相を振り向けた。
「どうして葵様が家庭教師などされる必要があるの? そんなにお困りなら、私が伯父様にお願いして差し上げるのに」
「葵は自由を選んだのだから、実家からの援助は一切受けないわ」
あなた方のその高慢さを嫌って、家を捨てたのだからと、涼子は心の中で続けた。
葵とは十年前、役作りのために入校したサロンで知り合った。アイドルとの共演が元で、わがままだとか偉そうだとか散々叩かれた上につまらないことで炎上して、世間に嫌気が差していた頃だ。
清々しいまでに芯のスッキリと通った葵の存在は、ドロドロした芸能界で育った涼子には新鮮で、やがて親友と呼び合うようになった。
彼女の勧めで狭い日本を離れ、父が住むフランスで映画と芸術漬けの日々を過ごした。その甲斐あって、帰国後、女優として一皮剥けたとオファーが増えたけど、留学中に知り合ったパートナーとの生活のために、芸能界は引退した。
ステージママと呼ばれマネジャーでもある母親に反対され、裏切れず、逡巡していた背中を押してくれたのも葵だ。
彼女自身、恋人との交際を一族から妨害されていたが、微塵の躊躇いもなく彼らと絶縁して入籍していた。
〈両親を愛している。でも従うことが愛ではないから。愛は対等なのよ〉
と、葵は言った。
涼子は、ガゼボを振り返り見ている茉莉花に声をかけた。
茉莉花はムッと唇を結び、澪など眼中にないとアピールするように、疎ましそうにシルクストールを跳ね上げ歩き出した。
「マダムも贔屓されるのなら相手をお選びにならないと。他のみなさんに示しがつきませんでしょう?」
涼子は、血の色をした薔薇の花をブランデーグラスのように掌に置き、じわじわと指を閉じていった。そうして、通り越してゆく茉莉花の耳にも届くように、声を高くして、
「彼女、葵のクライアントなんですって」
茉莉花の足がピクリと止まった。
「家庭教師をしているそうよ、英会話の」
茉莉花はいきなり鬼の形相を振り向けた。
「どうして葵様が家庭教師などされる必要があるの? そんなにお困りなら、私が伯父様にお願いして差し上げるのに」
「葵は自由を選んだのだから、実家からの援助は一切受けないわ」
あなた方のその高慢さを嫌って、家を捨てたのだからと、涼子は心の中で続けた。
葵とは十年前、役作りのために入校したサロンで知り合った。アイドルとの共演が元で、わがままだとか偉そうだとか散々叩かれた上につまらないことで炎上して、世間に嫌気が差していた頃だ。
清々しいまでに芯のスッキリと通った葵の存在は、ドロドロした芸能界で育った涼子には新鮮で、やがて親友と呼び合うようになった。
彼女の勧めで狭い日本を離れ、父が住むフランスで映画と芸術漬けの日々を過ごした。その甲斐あって、帰国後、女優として一皮剥けたとオファーが増えたけど、留学中に知り合ったパートナーとの生活のために、芸能界は引退した。
ステージママと呼ばれマネジャーでもある母親に反対され、裏切れず、逡巡していた背中を押してくれたのも葵だ。
彼女自身、恋人との交際を一族から妨害されていたが、微塵の躊躇いもなく彼らと絶縁して入籍していた。
〈両親を愛している。でも従うことが愛ではないから。愛は対等なのよ〉
と、葵は言った。