桜ふたたび 後編
「暑いな」

俯きながら頷く澪の首筋に、汗が流れた。
視線の先に、地表に蠢く線があった。熱い陽射しのなか、蟻が蝶の死骸を懸命に運んでいる。

「働き者や」

微笑みながら見守るふたりの前に、突如、すべてを破壊する魁のように黒い影が現れた。
ハイヒールに隊列を分断された蟻たちが逃げまどう。可哀想に何匹かは犠牲になってしまった。

「あなた」

澪が顔を背けたのは、消えることのない罪悪感のためだ。
二度と会うことはないと思っていたのに、この場での再会は皮肉すぎる。菜都に見られでもしたら、読経の最中であろうと本堂から飛び出してきそうだ。
澪は心持ち腰を折って、その場を離れようとした。

「逃げることはあらへんよ、佐倉さん。六年ぶりやないの。それとも、主人とは逢うてたんやろか?」

背中に突き刺ささる声に、澪は肩を震わせた。

「こんな場所で──」

「あら、私はむしろ復縁を望んでいるんよ。ねぇ、佐倉さん、もう一遍、子どもを作ってもらえへんかしら?」

「何を言うんや。もうええやろ」

引っ張るように腕を掴んだ柚木の手を、紗子は汚らわしいとばかりに振り払った。

「私ね、無排卵症と言うて、子どもができへん体なんよ」

澪は混乱した。

「やめろ」

柚木が低く吠えた。

「でも……」

紗子は本当に底意地悪くせせら笑った。
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