桜ふたたび 後編
「アホらし、あんなの真っ赤な嘘や」

「やめないか!」

「嘘?」

澪は不思議そうに首を傾げて夫妻を見つめた。
いったいこの人たちは何を喋っているのだろう? 意味が理解できない。

「そう、ウソ。可哀想にねぇ、あなたの赤ちゃん。気のええお母さんのせいで、生まれてくることもでけへんで──」

パシッと渇いた音がして、紗子が頬を押さえた。

──うそ……?

呟いた唇が痺れて震えた。
野次馬の視線、緩やかな読経、刺すような陽差し、頬を掠める風。景色が蜃気楼のように遠く揺らいでいる。体の芯から力が抜け流れ、腕が凍えるように寒い。

──うそ……。

崩れかけた体を誰かが抱き留めた。頭の上で甘いテノールが響いた。

「こんにちわ」

──ああ、ジェイだ。

すんでのところで体に重力が戻り、澪は何とか踏みとどまった。
踏みとどまったまま振り向くことができない。目の前の状況よりも、いまは背後の存在から逃げ出したかった。

柚木は気まずさを取り繕うように、怨色を露わにする妻を振り返った。

「あ、家内です。こちらは佐倉さんの婚約者」

「婚約?」
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