桜ふたたび 後編
レオに伴われ現れた小柄な女は、生け贄の羊のような瞳で息子の横に体を縮こませた。

まだ四十半ばだというのに、顔には深い皺が刻み込まれ、縮れた髪は白髪だらけ、クルスを握りしめた手はか細く震え、今にも生木のようにぱきっと折れそうだ。

『ローラ・マーティン』

レオの声にジェイが静かにサングラスを外すのを、ローラはゴクリと唾を呑み、そして居竦まった。
アースアイに見つめられ、畏怖しない者はいない。

彼女は新たに加わったこの黒髪の男が何者であるかを知らない。

息子が再び犯罪を犯したと告げられたローラは、その場で卒倒した。
ウィルとすれば好都合だった。母親を医者にみせるという口実で、野性のゴリラと化した息子を三人掛かりで何とか連れ出し軟禁することに成功した。
雇ったマッスルマンは全員負傷し、部屋は見るも無惨に破壊されてしまったが。

監獄へ送る代わりに、充分な食事(カールはホットドッグしか食さない。中でもソーセージとコールスローにピーナッツバターを大量に塗ったものが好みらしい)と、真新しい衣服(カールはパニックをおこして拒んだが)、それに温かいベッド(これは気に入ったようだ)、天国のような待遇の提供者が、警察ではないことはわかっているだろう。

『カールはどこでコンピュータを教わったんだ?』

『がっ、学校で……』

喉に貼り付いた声を、ローラは懸命に発した。

『学校でハッキングは教えない』

ウィルが、吹き出しかけたのを誤魔化すように、咳払いをした。

『カ、カールは人様のコンピュータを覗き見することがいけないことだと理解できません。ですからどうか、寛大なご処分を……』

両手を併せ涙を浮かべるローラに、ジェイは冷たく言う。

『彼は我々の貴重な情報を盗みさらに改ざんした。重罪だ』
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