桜ふたたび 後編
《はじめまして、サーラです》

柔らかくカールした上品なハニーブロンド。ロイヤルブルーのドレスに包んだ体は華奢なのに、バストの形が理想に近い。まずいことに澪に似ていた。

サーラは、大きなすみれ色の瞳を、一瞬たりともジェイから外さない。畏れを知らない純粋無垢な眼差しに、さすがのジェイもたじろいだ。

《サーラはいつまでニューヨークに滞在されるのかしら?》

《友人の結婚式が二日後にありますので、三日後にパリへ戻ります》

《そう。よろしければ明日、ディナーをご一緒にいかがかしら?》

《はい、歓んで》

──下手なシナリオだな。

ジェイの冷笑に気づいたはずなのに、マティーは平然と言う。

『それでは、レストランの手配はジェイに任せましょう。よろしいですね?』

『後ほどリンから連絡させます。私は仕事へ戻りますので、失礼』

踵を返すジェイを、引き留める者は誰もない。まるでここまで台本に書き込まれていたかのように。

正面ステージに有名ミュージシャンたちが登場し、ホールに歓声が上がった。拍手はすぐに引き潮のように止み、この日のために作られたチャリティーソングを披露する前に、慈善団体への讃辞と賛同のスピーチが始まった。

クライマックスを迎える会場を、一度も振り返ることなく後にしたジェイは、ふと立ち止まり、足元を見下ろした。

──際どいな……。

揺れる峡谷の吊り橋を渡っているようだ。橋を揺らしているのは、アルフレックスという巨大な風か。今、引き返さなければ、奈落の底へ突き落とすつもりでいる。

──必ず渡りきってみせる。

ジェイは呟くと、決然と顔を上げ歩き出した。
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