桜ふたたび 後編
フォレストヒルズは古き時代のヨーロッパを彷彿とさせる美しい町並みで、住宅事情の悪いマンハッタンの喧噪から離れ、ゆとりある生活を望む経済人たちの邸宅も多い。
放射線状に広がった石畳の道路には、一戸建ての高級住宅が豊かな緑に囲まれ並び建ち、まだ眠たげな早朝の街には、ジョギング中の女性や散歩する老人の姿がぽつりぽつりとあった。
ジェイは、整然と刈られた芝に囲まれたフェデラル様式の大邸宅を見上げ、肩で大きく息をした。
彼が決して住むことを許されなかった家だ。呼び出しもなく訪れるのは、十五歳のあの夏の日以来だろうか。
ダイニングルームの扉を開けて、ジェイは臍を噛んだ。
不意打ちを狙ったつもりが、まるで待っていたかのように、窓を背にした母の向かいにエルモの背中がある。ウエストビレッジのコンドミニアムで愛人と暮らしている彼が、この時間にこの場所にいるのは、決して偶然ではない。
ジェイは機械のように椅子を引くボディーガード兼執事を手で制し、一輪の花さえも飾られないテーブルで平然とティーカップとソーサーを手にするマティーに、立ったまま対峙して、朝の挨拶も抜きに切り出した。
『お話があります』
マティーはジェイの言葉を無視して、視線を向けることもなく言った。
『デュバル家主催の夜会、断ったそうね』
『五日後は東京です』
『スケジュールを空けなさい』
『無茶を言わないでください』
『ジェイ、命令だ。その足でロイヤル・シェルを視察して来い』
エルモは「さあ、どうする?」とばかりに、挑発的な笑みを瞳に翻して顎を突き上げ振り返った。
ロイヤル・シェルグループとの業務提携は、ジェイが以前、水面下で進めていた案件だ。
フランス経済界は現在、ロイズによって席巻されつつある。成り上がりのロシア人に、歴史ある文化・財産を食い荒らされるのは、誇り高きフランス貴族の末裔として許し難いという感傷的発想から、ロイズとの競合に不敗を誇るAXへ、アライランスの申し入れがあったのだ。
それが、例の襲撃事件で破談になった。
抱卵中に頓挫した縁談を、わざわざ復活させたのが誰なのか。そしてその結納金として何を差し出すつもりなのか。瞭然だ。
放射線状に広がった石畳の道路には、一戸建ての高級住宅が豊かな緑に囲まれ並び建ち、まだ眠たげな早朝の街には、ジョギング中の女性や散歩する老人の姿がぽつりぽつりとあった。
ジェイは、整然と刈られた芝に囲まれたフェデラル様式の大邸宅を見上げ、肩で大きく息をした。
彼が決して住むことを許されなかった家だ。呼び出しもなく訪れるのは、十五歳のあの夏の日以来だろうか。
ダイニングルームの扉を開けて、ジェイは臍を噛んだ。
不意打ちを狙ったつもりが、まるで待っていたかのように、窓を背にした母の向かいにエルモの背中がある。ウエストビレッジのコンドミニアムで愛人と暮らしている彼が、この時間にこの場所にいるのは、決して偶然ではない。
ジェイは機械のように椅子を引くボディーガード兼執事を手で制し、一輪の花さえも飾られないテーブルで平然とティーカップとソーサーを手にするマティーに、立ったまま対峙して、朝の挨拶も抜きに切り出した。
『お話があります』
マティーはジェイの言葉を無視して、視線を向けることもなく言った。
『デュバル家主催の夜会、断ったそうね』
『五日後は東京です』
『スケジュールを空けなさい』
『無茶を言わないでください』
『ジェイ、命令だ。その足でロイヤル・シェルを視察して来い』
エルモは「さあ、どうする?」とばかりに、挑発的な笑みを瞳に翻して顎を突き上げ振り返った。
ロイヤル・シェルグループとの業務提携は、ジェイが以前、水面下で進めていた案件だ。
フランス経済界は現在、ロイズによって席巻されつつある。成り上がりのロシア人に、歴史ある文化・財産を食い荒らされるのは、誇り高きフランス貴族の末裔として許し難いという感傷的発想から、ロイズとの競合に不敗を誇るAXへ、アライランスの申し入れがあったのだ。
それが、例の襲撃事件で破談になった。
抱卵中に頓挫した縁談を、わざわざ復活させたのが誰なのか。そしてその結納金として何を差し出すつもりなのか。瞭然だ。