桜ふたたび 後編
傘を開いた澪は、ふっと自嘲した。
サロンなど何の役にも立たない。自己啓発どころか、ますます自信喪失するばかりだ。
〈コンプレックスのない人間はいません。短所を如何に長所へ転換させるか、それが肝要なのです。もっとご自分に自信を持ちなさい〉
マダムはそう諭すけれど、澪に自信を持てなど無茶な話だ。
澪は親から褒められたことがない。
母からは不出来を詰られてばかりだった。いい成績をとることは当たり前、家事など完璧にできて当たり前、まわりからお行儀のいい子だと言われて当たり前、少しでも失敗すると怒鳴られ折檻された。
悠斗は自慢の息子なのに澪には何の取り柄もないと罵られ、父が帰って来ないのも、佐倉家の親戚から除け者にされるのも、すべて澪のせいだと責められた。役立たずの疫病神だ。
それに、主体性を持てとか社交性を磨けとか言われても、性格は易々と変えられるものではないし、上辺だけ上品になっても、しょせん付け焼き刃だから、あちらの世界の方々には見透かされるに決まっている。
──ああ、もうやめたい。
身の丈に合った穏やかな生活はどこへ行ったのだろう。〈ジェイのお嫁さんにしてください〉などと大それたことを、なぜ口にしてしまったのだろう。自分で自分の首を絞めたとしか言いようがない。
「ヨッ!」
背後からいきなり声をかけられて、澪は悲鳴をあげそうになった。
黒い傘を背景に、辻が笑みの花を咲かせていた。
「気持ちが通じたのかなぁ。たまらなく君に会いたかった」
──このひとは、言葉が素直だ。
辻の正直さが羨ましい。茉莉花たちと話していると、言葉に裏を感じていちいち神経を使って疲れる。マダムにしても葵にしても、言葉が高尚すぎて滅入ってしまう。ジェイはすぐに言葉をはしょって結論だけを言うから、ついていけずに混乱してしまう。
そして澪は、自分の言葉を持たない。だから、誰ともうまく噛み合わない。
サロンなど何の役にも立たない。自己啓発どころか、ますます自信喪失するばかりだ。
〈コンプレックスのない人間はいません。短所を如何に長所へ転換させるか、それが肝要なのです。もっとご自分に自信を持ちなさい〉
マダムはそう諭すけれど、澪に自信を持てなど無茶な話だ。
澪は親から褒められたことがない。
母からは不出来を詰られてばかりだった。いい成績をとることは当たり前、家事など完璧にできて当たり前、まわりからお行儀のいい子だと言われて当たり前、少しでも失敗すると怒鳴られ折檻された。
悠斗は自慢の息子なのに澪には何の取り柄もないと罵られ、父が帰って来ないのも、佐倉家の親戚から除け者にされるのも、すべて澪のせいだと責められた。役立たずの疫病神だ。
それに、主体性を持てとか社交性を磨けとか言われても、性格は易々と変えられるものではないし、上辺だけ上品になっても、しょせん付け焼き刃だから、あちらの世界の方々には見透かされるに決まっている。
──ああ、もうやめたい。
身の丈に合った穏やかな生活はどこへ行ったのだろう。〈ジェイのお嫁さんにしてください〉などと大それたことを、なぜ口にしてしまったのだろう。自分で自分の首を絞めたとしか言いようがない。
「ヨッ!」
背後からいきなり声をかけられて、澪は悲鳴をあげそうになった。
黒い傘を背景に、辻が笑みの花を咲かせていた。
「気持ちが通じたのかなぁ。たまらなく君に会いたかった」
──このひとは、言葉が素直だ。
辻の正直さが羨ましい。茉莉花たちと話していると、言葉に裏を感じていちいち神経を使って疲れる。マダムにしても葵にしても、言葉が高尚すぎて滅入ってしまう。ジェイはすぐに言葉をはしょって結論だけを言うから、ついていけずに混乱してしまう。
そして澪は、自分の言葉を持たない。だから、誰ともうまく噛み合わない。