桜ふたたび 後編
ルナはケッと苦い唾を吐きそうになった。

鏡の間と称される豪華絢爛なメインホールに典雅なバロック演奏が流れ、正統を絵に描いたようなクリスタルグラスのシャンデリアの数々が、壁の鏡に幾重にも反射している。正面のひな壇には管弦楽団、両脇に二十卓程の丸テーブル、ホールの中央のダンススペースでは、美しく着飾った子女たちが百花繚乱の様相を呈し、プリンセスと呼ばれるゲストや大使ファミリーの顔もある。

夜会など暇人の恋愛ゲームのために存在するようなもの。見ているだけで胸くそが悪い。

『ばかばかしい。帰るわ』

身を翻そうとする手を掴み、強引に自分の腕に添えさせる兄を、眦を上げて振り払おうとしたとき、彼が貴賓席へ目礼するのを見て、ルナは咄嗟にカーテシー(お辞儀)した。
これは条件反射だ。両親の顔を見たとたん、抵抗できなくなる。

《これは、お忙しいところをようこそ。君とは一年ぶりですか?》

ジェイに握手を求める眼鏡の紳士が、城主のフィリップ・ド・デュバルだろう。
年相応に贅肉がついているが、白髪まじりのグレーの髪に燕尾服がよく似合う美しい姿勢。やはり良血だ。狡猾さも強欲さも残忍さも、品格が覆い隠している。

《彼女は妻のマリアンヌ。マリアンヌ、彼も私と同じアンセアン(名門ル・ロゼの卒業生)なのだ)

《まあ、素晴らしいですわ》

《ジェイです。お目にかかれて光栄です、マダム》

ハニーブロンドの髪と菫色の瞳。笑顔で差し出す手はパウダースノーのように白く細い。
夫とはかなり歳が離れているようだ。レジュメには北欧王室の某系とあった。いかにもマティーが好みそうな相手だ。

《これは──もうご存じですね、娘のサーラです》

《お元気でしたか? サーラ》

平然とビズを交わすジェイに、ルナは片眉を上げた。

スカート部分をクリノンで膨らませ幾重にもレースを重ねた純白のボールガウンとオペラグローブ。上品なアップヘアにダイヤのティアラをつけた姿は、まるで子どもの頃に憧れた映画の王女様だ。今夜の趣旨は彼女のデビュタントか。

《彼女は妹のルチアーナです》

《初めまして、サーラです》

淑やかに微笑むサーラに、ルナはまさかとジェイを見た。
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