桜ふたたび 後編
一時間後、会場を抜け出したジェイは、星空の下に延々と広がるフランス式庭園を眺めていた。

ブロンズ像が並ぶビスタ(中央道)を中心に、左右対称に平面的で幾何学的な設計は、ヴォー・ル・ヴィコント城の名園を彷彿とさせる。川から水路を引き、睡蓮の人工池やカスケードを巡らせ、白鳥たちの休む濠まで水を流している贅沢な様は、フランス貴族文化の真髄を見るようだ。

デュバル家の邸宅はパリの高級住宅地・パッシーとマレ地区にあるが、週末はホテルとしても運用しているこのバビルソンの古城で過ごすことが多いと、ジェイは一年前の調査で知っていた。

先刻の雷雨で空気中の埃や塵が洗われたのか、視界が澄んでいる。森の上に星が一つ流れた。

近づいてくる軍人のような靴音に、ジェイはやれやれと振り返った。
ルナが怒りのこもった手でドレスの裾を膝までたくし上げ、大股でやってくる。両親に直談判してきたようだが、不調に終わることはわかっていた。

ジェイはリムジンのウインドウをノックした。居眠りしていた運転手は、口元の涎を拭きながら、あたふたと降りてきた。

『ジェイ、どういうつもり? こうなることがわかっていたのでしょう?』

ルナは怒りに任せて勢いよく乗り込むと、苛々とオペラグローブを外し、対面のシートに叩きつけた。

『君のCIA並の情報網でも掴めなかったのだろう?』

返す言葉もなく、ルナは歯がみした。

ジェイは両腕を組みシートにもたれると、目を瞑ったまま身じろぎしない。車は正門を出て森の闇の中を走って行く。
やがて星影が一帯の小麦畑を蒼海のように照らし出したとき、ルナはこれ以上は黙っていられないとばかりに、兄に向かって顔を突き出した。
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