桜ふたたび 後編
『用件はわかっている』

『やっぱりあなたもグルなのね』

『グルとは穏やかじゃないな。これはAXの社運をかけたプロジェクトだ』

『そんなことに家族の人生を利用しないで!』

『君一人の人生が、AXに携わる何十万の社員の人生より高尚だとでも言うのか? 傲慢だな。社員の生活を守るために、自己犠牲を払うことは、経営者一族に生まれた者の宿命だろう? 君の今までの豊かな生活が、彼らの努力の上にあることを忘れないで欲しい』

ルナは唇を噛んだ。悔しいが反論できない。頭に血が上っていて、いつもの鋭利さを欠いていた。感情的に言葉を投げつけても、かえって幼稚と嗤われるだけだ。

エルモはゆっくりと前屈みになって机の上で指を組んだ。彼がオーバーアクションでもったいぶるときは、碌なことを考えていない。

『君が案じることはない。すべてはジェイが解決するだろう』

『どういう意味?』

訝しげなルナに、エルモは露骨に、口角をめいいっぱい引き上げた嫌らしい笑みを見せた。

『ジェイが可愛い妹を、あの女好きのド変態にみすみすやれるわけがない』

ルナは憤然とした。

『私をだしに使ったのね』

『人聞きが悪いな』

さも愉快そうに笑うエルモの鼻先に、ルナは触れるほど顔を寄せた。

『残念だけど、ジェイはサーラとは結婚しない。彼には婚約者がいるのよ』

挑みかけるようにエルモの瞳を覗いて、ルナは飛び退いた。

『知ってたの?』

エルモは鼻先で意地悪く嗤った。

『己がつけた汚点は、己の手で始末してもらわないとな』

『今までだってジェイは充分AXのために尽くしてきたじゃない!』

言下にエルモのハシバミ色の瞳が鋭く光り、妖しげに揺れた。
ルナの心臓が音を上げて打った。
エルモの唇が禍を告げる呪詛師のようにゆっくりと開いた。
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