桜ふたたび 後編
リビングのソファーに寛いでも、菜都はなかなか切り出さない。松屋の豆大福を一口、濃い目に淹れた緑茶を美味しそうにすすりながら、

「お母さんな、本当に眠るように逝かはった。ちょうど誕生日やったから、みんなで病室でお祝いして、ちょっと疲れたって、そのまま。安らかな顔で最後まで苦しまずに、よかったと思うてる」

だんだん声が湿ってきて、菜都は窓外の青空に涙を堪えた顔を向けた。澪も鼻の奥がつんと痛んだ。

「でも夫婦って不思議やねぇ。あのひとがあんなに泣くやなんて思いもせえへんかった。おかげでこっちが泣きそびれてしもたわ」

横顔を見せたままなのは、照れ隠しなのか。〝あのひと〞と言う口調に、これまでのような冷たさは感じられなかった。
臨終の際にようやく芽衣とおじいちゃんが対面したらしいから、いい緩衝材になったのかもしれない。少しずつでも関係が修復されていくことを、天国のお母さんも望んでいるだろう。

菜都はぱさりとまつ毛を下ろすと、目を瞑ったまま言った。

「それでな、昨日、実家に寄ったとき、町内会のおばさんから聞いたんやけど」

そして徐に、澪に顔を向けた。困ったような、弱ったような、こわばった顔。

菜都は澪の瞳を避けるように視線を流し、

「お葬式でのこと」

澪は目を瞠るだけで言葉がなかった。驚きと、気まずさ、やはり耳に入ってしまったかと諦めと、何も告げ口しなくてもとやる方ない怒りが綯い交ぜになって、どうリアクションすればいいのか困惑してしまう。
そのうえ、

「ごめん」

いきなり菜都が頭を下げたので、澪は混乱さえも吹っ飛ぶほど驚いた。
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