桜ふたたび 後編
「何が?」

菜都は頭をもたげるとそのまま澪をじっと見据えた。詫びているとは思えない覚悟のある目だった。

「ほんまは、知ってた。澪さんが、病院に、行く前に」

一つひとつ区切り、明瞭に言う。
何を? と問いかけそうになって、澪ははっとした。

「そやのに黙ってた」

「何で……」

声が掠れた。
見返した菜都の瞳の中に迷いや後悔はない。その強い意志に、澪の方が狼狽えて目を逸らしてしまった。

「連絡があったんよ、柚木さんから。澪さんが電話にも出ずに心配やから、様子を見に行って欲しいって。自分は、警察の事情聴取もあって、今は紗子さんのそばを離れるわけにいかないって。そのとき、病院に行って問い詰めて、全部吐かせた。紗子さんの嘘も、その嘘を香子さんが庇ったことも」

六年前、紗子の流産を知って、澪はその日のうちにマンションを出た。中絶手術を受けたのはその二日後。その間に、菜都は柚木に会っていたということか。
あのとき、行くあてもなく途方に暮れていたところに、菜都から電話があって、本当に救われた。あれは偶々ではなかったのだ。

それにしてもなぜ、今になって打ち明ける気になったのだろう? 覆水盆に返らずなのに……。

「ずるいんよ、おじさんは。ずるくて、弱くて、嘘つき。一番大切なのは澪さんだって言いながら、世間体を気にして病院から離れられへんかったんやから」

ずるくて、弱くて、うそつき。でも、澪には大切なひとだった。

「それは、彼が優しいから」

「優しさなんて優柔不断の言い逃れや。誰からも責められたくないから、誰にでもいい顔をする。ほんまの優しさは、見返りなんて求めへん」
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