桜ふたたび 後編
菜都は澪の瞳の中を覗き込むように続けた。

「澪さん、あのとき紗子さんが流産してへんと知ったからって、命を賭けた彼女の覚悟を、蔑ろにできた? 猛毒をもった憎しみの中で、妊娠を継続できた?」

わからない。彼女が嘘をついたのも、自殺しようとしたのも、そこまで追い込んだは澪の存在なのだ。さらに彼女を苦しめ憎まれるとわかっていながら、身勝手な妊娠を続けられただろうか。きっと、ずるずると悩んだと思う。

「決断できへんやろう? 紗子さんが可哀想だとか、紗子さんに悪いとか考えて。そんなのは優しさとは言わへんねん。ただ単に、澪さんには恨まれてまで出産する覚悟がなかっただけ。柚木さんを愛してはいなかったから」

あっと澪は菜都を見た。

そう、澪は愛してはいなかった。愛が何かを知らなかった。
澪に覚悟があったなら、たとえ紗子が流産していても、命を落としていたとしても、出産を諦めなかったかもしれない。母が周囲の人たちを傷つけてまで澪を産んだように。

「命の尊さなんて十分わかってたよ。許されることやないって百も承知やった。そやけど、一度は決心したことを、また悩んで苦しんでずるずると時を費やしてほしくなかった。……子どもやったんよ、あたしも」

それまで険しく強かった菜都の目が、少し弱々しくなった。

「そのときは辛くても、きちんと清算すれば、新たな人生をリスタートできると思うた。あたしやて生まれ変われたんやから。澪さんには次こそ素敵な恋をして、結婚して、子どもを産んで、幸せになって欲しかった。まさかここまで引きずるとは思うてへんかったんや」
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