まじないの召喚師3
しばらくすると扉横の壁が青白い光を放ち、光の向こうからだぼだぼのパジャマに白衣を身につけた無傷の響が現れた。
彼はこの現状を数秒眺めてから、気だるげな声で。
「………どうしたの?」
などとぬかした。
他人事かな。
先輩はバックステップで荊を回避。
私たちのいるところまで後退し、横目で響を睨みつけた。
「………ちょっと研究室に行っててさ」
響は左手に持つ手鏡に視線をやり、白衣の内ポケットにしまった。
「………天井に時限爆弾を仕込んで、研究室に退避してたんだけど。…………ずいぶん部屋を荒らされたみたいだね」
不穏な言葉が聞こえたのは、幻聴じゃあないだろう。
「………ちょうどいい。新薬のお披露目といこうか」
響は白衣のポケットから取り出した青い液体の入った小瓶を、成長をやめない荊に投げつける。
割れた小瓶から液体が散ると、液体に触れたところから荊が枯れ、全体に広がった。
干からびたものを押しのけ、天井から瑞々しく凶悪な荊が襲ってくる。
発生源は上ということがわかった。
そして響の真上の住人は。
先輩は荊のうごめく天を仰ぎ、盛大に息を吐いた。
「桃木野かよ。いや、わかってたが……」
「………あのあざと猫被り最低だよね」
ふっ、と口を歪める響に、私は喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
先に仕掛けたのは響君では?
この二人、小柄枠で同族嫌悪なのだろうか。
だとしても、私には関係ない。
「ほんとうに?」
ツクヨミノミコトが挑発してくる。
少し考えると、記憶に引っかかるものがあった。
お花畑とイカネさんという、至福の夢を邪魔しやがった揺れ。
響の言葉を信じるなら、犯人は響である。
関係大アリだ。
そもそもが人の家の破壊、許すまじ。
「そーそ。その調子」
鼻歌まじりに襲いくる荊を、床が凹むほどに重力で押し潰す。
さあ、どうしてくれようか。
唇を舐めて、荊の発生源に狙いを定めた瞬間。
「うるっせえんだよ!」
上の階で、稲光が走った。
轟音とともに千切れて落ちてきた荊の根元側は香ばしくなっている。
「タケミカヅチの雷だね。当人はこっちに来てないみたいだから、力だけ引き出したか」
上の階、桃木野柚珠の部屋の一部が見える天井だったが、修復を邪魔する異物が消えたことで傷口を修復するように穴が塞がる。
やがて何事もなかったかのような天井がそこにはあった。
すごいぞ、オオクニヌシの建てた家。
しかし、修復できるのは家そのものだけ。
響の部屋には倒れ傷ついた家具や荊の欠片など、破壊の跡が残っている。
響はそれらを冷めた目で一瞥してから、柏手を鳴らす。
すると響の足元から大量の水が溢れ出し、荊ほかゴミをさらって窓を飛び出した。
お掃除楽々水洗部屋だ。
いいなぁ、スサノオさんもできるかな?
あれ?
でも、外に捨てられたあれらはどこに行ったんだろう……?
「キャー!」
「ギャー!」
上から悲鳴が聞こえた。
「………」
「………おい」
「……返品だよ」
割れた窓もすぐに元通りのオオクニヌシクオリティ。