まじないの召喚師3
本格的な訓練は明日からと眠りについた。
皆も、明日に備えてか、とても静かな夜だった。
意識が少しずつ浮上する、まだ陽の昇り切る前の、爽やかな朝の目覚めは爆発音から。
「ぴゃあっ!」
反射的に布団に深く潜り、丸くなる。
心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなり、身を固くした。
「なになになに!?」
揺れは、すぐにおさまった。
地震ではなさそうだ。
誰かが重いものを落とした音かな。
だとしても、家が揺れるほどの落とし物って何よ。
………隕石?
布団を頭から被ったまま、廊下に続く戸をおそるおそる開けると。
「……っひいぃっ!」
一歩目に大穴が空いていた。
一歩踏み出していたら落下していたところだ。
大怪我不可避。
『あはははっ。派手にやったねぇ』
他人事なツクヨミノミコトは楽しげだ。
よほど高いところから重いものを落とさなければ、こんな大穴は空かない。
そこで思い出す。
この家に住んでいるのは、誰か。
家族の生活音で目が覚めるというのは、よく聞く話だけれども。
それは、足音や話し声、朝ごはんの準備であるべき。
超常の能力を使用した乱闘などでは決してないはずだ。
「いったい誰が………」
頭の中で犯人の顔が浮かんでいるが、つい口から出る。
「………おはよ」
隣の部屋の戸が開き、無造作ヘアをさらにもじゃもじゃさせた響が出てきた。
……寝癖だよね?
「お、おはよう………。その、大丈夫?」
「………自動迎撃術式が発動した。僕は無傷」
爆発によるもじゃもじゃではなく、ただの寝癖らしい。
「………ぶりっこざまぁ。フフッ………」
その時、再び家が揺れ、廊下の天井をぶち抜いてきた蔦は、響の周囲を漂う水に触れたところから、ジュッ、と溶けた。
ああ、これが自動迎撃術式か。
水はそのまま蔦を溶かしながら上がっていき、3階に消える。
「きゃああぁぁぁぁぁ!」
柚珠の悲鳴が聞こえと思ったら。
ドカーン!
と、爆発音と同時に家が揺れる。
揺れがおさまってから、響は唇の端をつりあげた。
「………フッ。所詮はこの程度」
…………怖。
穴の空いた天井を見上げる。
もちろん、ここから彼の姿は視認できないが、柚珠は無事だろうか。
『生体反応は消えていない。霊力で身を守ったようだね。まあでも、全くの無傷とはいかないだろうね』
ツクヨミノミコトが教えてくれて、少しだけ安心した。
……なぜこうも彼らは、犬猿の仲なのだろうか。
他の五家の同盟者で、直接攻撃をしかける者は彼ら以外にいない。
小柄同士、仲間意識をもちそうなものなのにね。
ぼっちには複雑な人間関係などわかる由もないよ。
もしくは、実は既に訓練は始まっているのかもしれない。
たまたま目撃した一発目が彼らだっただけ。
日常は全て、訓練の一環。
そう考えた方が、スッキリする。
疑問は疑問のまま、答えも出せずに同じところをぐるぐるするだけ。
それなら、考えるだけ無駄というもの。
現在私に直接的な攻撃を飛ばしてくる様子はない。
それで十分じゃないか。
いつ巻き込まれるか怯える日常。
………もういや、イカネさん助けて。
『私がついているのに、オモイカネを頼るのかい? 傷つくなぁ』
信頼度が違うので。
ツクヨミノミコトが、むうっ、とふくれた。
パンを焼く香ばしい香りが鼻に届く。
響が私に微笑みかけてくれた。
「………朝ごはんだね、一緒に行こう」
「う、うん………」
あんなことの後だから、どうしても引き攣った顔で答えてしまう。
天井の大穴は、何事もなかったかのように塞がった。
明日からもこうなのだろうか。
奴らの生活音という名の目覚ましは心臓に悪い。
しかし、どんな目覚まし時計よりも強力だ。
私は直ったばかりの床を爪先で踏み、響から逃げるように、先を歩いた。