まじないの召喚師3
「そんなの、実践あるのみでしょ。響、そこに立ちなさい」
柚珠は、ビーカーとフラスコ片手に実験しようとしている響を指差し、命令した。
思うようにいかない苛立ちを、響に当たることで鎮めようとでもいうのか。
「………嫌だよ、めんどくさい」
「まさか逃げるの?」
「………乗るわけないだろ、そんな下手な挑発」
とてもめんどくさそうにため息をつく響を、先輩と雷地が両脇を持って立たせた。
「…………何?」
「ちょうどいいから行ってこいよ」
「いい加減、家の破壊をやめて欲しいんだよね。本家より危険って、逃げてきた意味ないじゃん」
文句を言われながら、ずるずると稽古場の中央に引き摺られていく響は、不満そうにポツリとつぶやいた。
「………僕じゃない」
「問答無用」
「せーの」
両脇のふたりは息を合わせ、響を放り投げる。
響は受け身らしい受け身をとらず、べちゃりと床に身を投げ出した。
顔面から床にキス。
痛そう……。
ふたりが、響を稽古場の広いところに捨ててすっきりした顔で戻ってくる。
「…………よいしょっと」
気だるげに身を起こす響の向かいで、柚珠が目に見えるほどの濃い霊気をたち上らせていた。
「柚珠のやつ、やる気だな!」
常磐があぐらをかいて見物の姿勢をとる。
ヨモギ君とマシロ君は手を繋いで先輩の隣に立ち、その隣に雷地が立つ。
私は常磐を盾にするように、少し後ろに座って、熱量に差のある向かい合うふたりを見た。
「それでは、神水流響対桃木野柚珠、はじめ!」
先輩の合図で、手合わせが始まる。
先に動いたのは柚珠だった。
「伸びろ!」
声と同時に、彼の足元から複数の蔦が伸びる。
蔦の先に蕾ができ、花開いた中央から、ガトリング銃のように種が飛んだ。
種の集中砲火を受ける響は、朝も見た水の膜でそれを受ける。
「………予備動作がわかりやすいんだよ」
「クールぶってられるのも今のうちだけなんだから!」
初めは水の膜に溶かされていたそれは、途中から触れる前に爆発し、水の膜を薄くする。
「………っ!」
連続する爆発に水の膜は剥がれ、響が後方に吹き飛んだ。
「あははははっ! まだまだぁ!」
攻撃の手は緩まない。
爆発による煙で響の姿が見えなくなる。
爆風がここまで届いた。
私は常磐の後ろに隠れてやり過ごす。
先輩の方を見ると、足下にいるヨモギ君が壁を作り、先輩とマシロ君の髪は揺れてもいない。
雷地もその壁に入って無事だ。
「あははははっ! どう? ボクの最大火力! 手も足も出ないでしょ!」
なんの障害にもならないと言った先輩への当てつけか。
爆発する種と、爆発しない種を織り交ぜてロケットのように響に迫る。
「……響君、大丈夫でしょうか?」
あまりの一方的な攻撃に、心配になって先輩に恐る恐る声をかけるが、先輩は感心したように柚珠を見ていた。
「発動と切り替えが早いな」
「お札を使ってるわけじゃあなさそうだね」
「なら、響のようにポケットに媒介でも仕込んでたのか?」
「いやいや、特性上そんなことしてたら服が弾け飛んでるって!」
「あはは。見たくねぇな」
「あはは。まったくだね」
先輩と雷地が笑い合う。
この人たちはお気楽ですね。
多分、大丈夫と言いことなのでしょうが。
もう一度手合わせするふたりに視線を向ける。
柚珠の前に出す両手の指先が光っていた。
「あはっ。ただのネイルアートだと思った? これには術式を刻んであるの」
なごやかに観戦するこちらに向けて、誇らしそうに種明かしをした瞬間。
「………除光液」
爆音の中、波紋のように静かな声が、はっきり聞こえた。
柚珠の指先に霧が発生し、集まって、両手を包み込むほどの水の玉になる。
「え? 何これ?」
水は洗濯機のように渦を巻き、透明な液体にピンクや緑などの色が溶けた。
「キャーッ! ボクの最高傑作が!」
両手をバタバタと振り回し、水球を抜けた時には、柚珠の操る植物は動きを止めていた。
「………狙ってくださいって言ってるようなものだよね。しかも、ブラフですらないとかさ」
「そこまで! 勝者、響」
先輩の号令に、響は構えを解いた。
「ちょっと待ってよ! ボクはまだやれる!」
「無力化されたんだから、諦めろよ」
「まだできるもんっ! あんな根暗相手にボクが負けるはずないじゃん!」
「諦めろって。お前の負けだ。あの除光液、液体が違えば手を溶かすことだってできた」
「………っ!」
引き攣ったようにドロドロに溶かされる自身の手を想像したのだろう。
柚珠は真っ青になって震える自身を抱きしめて、響を振り向く。
「爆発頭! 人でなし!」
「………はぁ。………やればよかった」
やってもいないことを責められる響は不穏なことをつぶやいた。
「種爆弾にこだわり続けたのが敗因だな」
「芸がないんだよ。いつまで非力なお姫様ぶってんの?」
「ハッハッ! 俺なら正面から打ち砕けるがな!」
アドバイスなのか、笑いものにしているのか。
多分後者だろう彼らの物言いは、柚珠の自尊心をズタズタにするには十分すぎた。
「むうーっ! だったらそこの不細工!」
「えっ、私!?」
「ボクの相手になってよ!」
「ええー………」
可愛い顔に満面の笑みを乗せて。
まさかこの美少女の誘いを断るなんてあり得ないよね。
という、自信にあふれた顔に、私は妹を思い出す。
簡単に勝てそうな私をご指名とは、美少女は皆こうなのか。
いや、誰も好き好んで強者に喧嘩は売らないかぁ。
先輩は呆れてため息をつく。