まじないの召喚師3
ここは何処、私は誰?
いや、誰は嘘。
私の名前は天原月海。
ノリで言ってみただけだ。
名前を忘れるほど耄碌していない。
こんなキャラじゃないんだけど、独り言なら何か言ってないとやってられないよね。
ここは何処、は、ほんとそれなんだから。
私は今、人が行き交う大型ショッピングモールの何処かで立ちすくんでいた。
「せ、せんぱーい…………」
呼びかけに応える声はない。
そも、しまった喉で絞り出した声量など、高が知れているが。
遡ること数分前。
あまりにも私の陰が薄かったのか、というか、不細工は眼中になかったのだろう。
イケメン火宮桜陰先輩に突撃したイケイケ女子集団の猛攻により、繋いだ手は引き剥がされてしまった。
先輩はそのまま女子集団に囲まれて連れて行かれて………というより、貧弱な私が外へ外へと弾き出されたのだ。
そこで別の人波にさらわれて、今に至る。
先輩の背中だけを見続けていたので、今どこに居るかわからない。
つまりは、迷子である。
どうしよう、とりあえず、女子の集まるところに行ったら先輩に会えるかな。
周りは人ばかり。
どこも同じように人ごみのようだ。
作戦変更、連絡をとるほうが確実だよね。
スマホを取り出し、先輩の電話番号を表示したところでふと気づく。
私、なんで必死に先輩に会おうとしてるんだろう。
これってチャンスじゃね?
先輩と離れるのは望んでいたこと。
つまり、目的は達した。
「……ふぅ、あぶないあぶない」
初めての地に不安で、馬鹿な選択をするところだった。
私は迷子になどなっていない。
あっちが迷子になったのだ。
『いやいやいや、そこは先輩と合流するところだよ』
ツクヨミノミコトがなんか言っている。
『身の程知らずな女どもを蹴散らすのさ』
しません。
暴力沙汰で警察連行待ったなし。
ツクヨミノミコトは引っ込んでなさい。
ひとりでのんびりショッピングできるチャンスをみすみす逃してなるものですか。
『せっかくの先輩とデートがぁ……』
うるさいツクヨミノミコトは無視。
まずはこの手にあるスマホでフロアマップを検索する。
服に雑貨、カフェなんかもあるが、ごちゃごちゃしてて、どの店がいいのか、現在地はどこなのか、初心者にはわからない。
まぁいいや。
適当に歩いて、気になった店に入ればいい。
時間はたくさんあるんだから。
私は人波に流されて歩き出す。
可愛い靴下、帽子、鞄が並んでいる。
『月海、試着しようよ』
通り過ぎる。
『試着はタダだよね』
私の趣味じゃないよ。
まず、似合わないし。
『試してみなきゃ、わかんないよ?』
平凡顔にフリフリピンクが似合うものか。
『…………そんなことは……』
すぐに否定できないのが答えだ。
あんな服が似合うなんて、妹か、柚珠くらいなものだ。
靴屋の前も、眺めながら素通り。
本命のメイク道具は、店員さんの圧が凄くて、入る前に尻込みして撤退。
『………月海、何しに来たんだい?』
やかましい。
服、服、服と、服売り場の広さに圧倒されつつ、気まぐれにエスカレーターを上ったり下りたり。
お菓子売り場を眺めていき。
催し物スペースに、ケータイ会社の勧誘。
前の人を盾にして回避。
吹き抜けの下で、絵画展、人形展、呪術展なんかもやっていたが、人が多い。
近くに行ってまで見たいとは思わなかった。
カラフルなキッチン雑貨売り場。
使う予定はないので通り過ぎる。
文具、アクセサリーの並ぶキラキラした雑貨屋。
流行りのキャラクターを模ったぬいぐるみが積んである。
店内には小中学生が多く、入る勇気は無かった。
名残惜しむ気持ちを塗り替える、強烈な甘い香りに引き寄せられた先は、パン屋。
広めのおしゃれなイートインスペースの客席は8割方埋まっている。
そろそろお昼時だ。
歩き続けて重い脚が、いい加減休ませろと訴える。
甘い香りが緊張をほぐし、切なく空腹を訴える。
それなら自分もと言わんばかりに、喉が渇きを訴えた。
身体の各方面からの訴えを却下してまで行く宛があるでなし。
甘い香りに誘われる虫のように、カウンターに足を向けた。