まじないの召喚師3
ふと視線を向けた先に、缶バッジで埋め尽くされたトートバッグを傍に置いて、パンと一緒に人型のぬいぐるみを撮影する女子2人組。
あのぬいぐるみ、雑貨屋で見た覚えがある。
どこかのアイドルがモチーフらしい。
「かわいいー」
「次はもっとこう、このアングルでー」
「いいっ! じゃあ、もっとこうしたら……」
「おっけー」
パン自体、動物モチーフの可愛らしいもので、角度を変えて、何枚も写真を撮る。
周囲は、気にすることもない。
というより、同じような人たちが何組もいる。
人形とご飯が珍しくないとは、さすが都会。
そうか。
お人形となら、一緒にいても怪しまれない。
一般人に騒ぎにならなければいいので、器を手に入れたら一緒にいられない問題は解決するはずだ。
まずは、イカネさんにそっくりなお人形を探さないと。
たとえ中に入っていなくても、一緒にいる気分を味わえる。
人形って素敵だね。
自分の思考に頷いていると、ツクヨミノミコトから責めるような声が飛んでくる。
『ねえ。まさかとは思うけど、オモイカネにそっくりな器に私を入れる気じゃあないよね?』
そんなことしないよ。
『ほんとかなあ?』
当然。
イカネさんをイカネさん以外に使わせるわけないじゃない。
『ははっ、信用できすぎて嫌になるね。私の身体を探しに来たはずなんだけど?』
………忘れてないよ、うん。
誤魔化すようにわざとらしく視線をやった先。
少し離れた席に、見覚えのあるパステルとゴシックなロリータ服の2人組がいた。
「クリームたっぷりのパフェだよ。かわいいねー」
「………パフェ越しに僕を見るな」
「はい、あーん」
「………人前でやめろ」
「そうだね、響は恥ずかしがり屋さんだもんね。でも、今ここにボク達を知ってる人はいないよ」
「………そういう問題じゃなく、むっ!」
「どーお? おいし?」
「…………悪くはない」
「素直じゃないんだから」
「…………うるさい」
あまーい!
パステルのツインテールは顔がどろどろに溶けているし、ゴシックな眼帯は満更でもない雰囲気だし。
甘すぎて胸焼けで砂糖吐きそうなんだよ!
私がいるんだよなあ!
見ちまってるんだよなあ!
知り合いのこんな雰囲気見たくなかったよね!
なになにどしたの、ちょっと見ない間に彼らの間に何があったの?
それともほんとに恥ずかしがり屋で、二人の時はいつもこうなの?
殺し合いは愛情表現なの?
てかやっぱり、響くんのこと大好きじゃんか柚珠さんよお!
『あははっ、大混乱大混乱』
というか、今私の存在を彼らに知られるわけにはいかない。
柚珠に口封じに消されてしまう。
地味な格好の私だけど、万が一がある。
ツクヨミさん、あなたの力で、私があの二人に気づかれないようにしてくれませんか。
文化祭の時のように、存在を消す術を使ってくれれば安泰だ。
『どうしようかなぁ』
利益がないなら動く義理もないと。
ツクヨミノミコトの興味は、私の存在が彼らに知られた後にある。
面白そうな声色のツクヨミノミコトとの交渉を成立させるため、私は私の持つ最大の手札を切る。
それは、私の身を削る諸刃の剣であるが、リスクを天秤に掛ければ切る価値はある。
「食べ終わったら、先輩と合流しよう」
自身の言葉に大ダメージ。
『その提案、乗った』
そう言って、ツクヨミノミコトは卓上に素早く魔法陣を描いた。
さらば、おひとり様の自由な時間。
こんにちは、先輩と歩く地獄の時間。
『にしても彼、凄いね。この短時間で催眠術の腕をあげいてる』
催眠術?
『一度切れた催眠をかけ直すのは、一度目よりも難しい。しかも、切れてから、中途半端に時間がたった後なら警戒されている分なおさら』
早朝にぼんやりしていた響は、ショッピングモールに着いてから正気に戻った。
それから数時間後の今、響は柚珠と甘さマシマシに会話している。
吹っ切れて柚珠にツンデレを演じているのでないなら、再度催眠をかけられたということ。
『今朝の無表情の操り人形とは違って、変わる表情と流暢な会話。よくここまで仕上げたものだ』
ツクヨミノミコトが他人を褒めてる。
いいなぁ、私も褒めてもらえるくらい凄くなりたい。
私の強みってなんだろう。
召喚術は誉められたものの、私の才能と言ってもらえたものの、他者の手を借りることに代わりはなく。
実力だと手放しに喜べないのが事実。
「はぁ………」
ため息からの、大きく息を吸い込む。
チョコやホイップなどの甘い香りにあふれる空間のなか、ほんの少しの柑橘系の香り。
なんだか頭がぼんやりするような……。
『……いくら私がついてるからといって、あまり嗅ぎすぎないように』
ツクヨミノミコトの声に、シャボン玉が弾けるように目が覚めた。
私も柚珠の術にかかっていたらしい。
『彼は、香りを使って術をかけているようだからね』
つまり、香りを嗅いだものはもれなく催眠術の餌食になるということだ。
だから周りはあの二人を気にしないのかも。
ツクヨミノミコトが言っていたように、長居はよくない。
残りのパンを口に押し込み、ミルクティーで流し込む。
トレイを返却口に戻し、足早に店舗を出た。
『さあ、食べ終わったなら、約束通り先輩と合流してもらうよ』
しまった。
自由な時間が……。
『なに、安心するがいい。すぐに出会えるさ』
小さく手を合わせて、祈る。
いい感じに逆方向でありますように。
『私が右といったら右にいる。ツキの神を舐めるなよ』
はっはっは。
これほど凶運な保証は他にないね。