まじないの召喚師3
元少年の巨人が足元の錆びた剣を拾うと、それは赤黒く光り、巨体に合うサイズに変化する。
「チッ。ここは呪術展のあった場所か」
「最悪。狙ってやったよね」
「月海、これを見ても、店員やら一般人が対処すべきと思うか?」
「無理です」
今更聞いてくるところが、先輩って性格悪いよね。
一般常識ではかれない怪奇現象相手なんて、戦闘機出動しても怪しいレベルでしょう。
一般人には荷が重い。
ギリギリ一般人であると思いたい私も、できるならすぐに逃げ帰りたい。
ここで今更ながら、聞きそびれた疑問を飛ばす。
「………どうして、術師が関わってるって分かったんですか?」
それに対して、彼らは戦闘準備を整えながら教えてくれる。
「危険な呪具を扱うくせに、警備のザルな呪術展があるかよ」
「近くの絵画と人形も、曰くつきのものだった」
「何も知らない一般人が扱いを間違えただけの可能性もあったから、念のため他の術式を見て回ってたんだけど。無力化する前に行動されちゃったねぇ。っと!」
巨人が私達を踏み潰そうと、足を振り上げる。
先輩、雷地、常磐は再び三方向に散る。
「ぐへっ!」
逃げ遅れた私は、先輩に首根っこを掴まれて、引っ張られた。
目の前で振り下ろされた巨大な足が地面に叩きつけられ、突風と土埃を起こす。
「ぼさっとすんな!」
「けほっ……。してないけどありがとうっ……!」
頭くらくら、目の奥がぐるんぐるん。
一般人な私はそんなに反射速度が良くありません。
三半規管が悲鳴をあげている。
「何のために身体強化を叩き込んだと思ってる! 使えねえ……」
「ごめんなさい……!」
咄嗟にはまだまだできませぬ!
でも、本番で使えなかったら使えないも同じ。
無駄な練習である。
身を守るためにも基礎の基礎、必須の能力。
準備不足は否めないが、ここでできなきゃ死ぬ。
出来ないなんて言ってる場合じゃないんだよ。
がんばれ私の火事場の馬鹿力!
「雷地、この荷物連れ歩くのに首輪くれ」
首根っこを掴まれたまま、持ち上げられる。
荷物って、私じゃん。
『首が閉まって苦しい………。これが愛情表現!』
ツクヨミノミコトが馬鹿を言っている。
こんなDV彼氏いらない。
「えーやだよー。ほら、常磐だって、あの荷物を向こうに縛り付けてるでしょー」
雷地の指した方には、少年が下着一枚で瓦礫に磔にされていた。
その頬は腫れ、四肢は力無く垂れ下がっている。
常磐が少年の持っていた金槌を片手に、こちらに来た。
「他に危険物は持っていなかった」
「裸に剥く必要あった?」
「抵抗されたのだ」
「柚珠が見たら悲鳴あげそうだねー」
「あいつ、俺らと風呂で出会しただけで悲鳴あげるもんな……。そういや、その女装コンビは何してんだ?」
「デートでしょ」
「この状況でデートとは……。五家の誇りを無くしたか。嘆かわしい」
「いや、あいつらそういうの興味ねえだろ」
思い出される、響と柚珠の甘い空気。
彼らなら、地獄すらもデートスポットとして満喫しそうだ。
骸骨共、このボクのために馬車を引きなさい。
煮えたぎる釜で茹でられてる亡者達、おもしろーい。
響に似合う花を見つけたんだ、うん、やっぱり似合ってる、かわいい。
「………うげぇ…………」
砂糖を吐きそうになる前に首を振って、記憶の彼方へと飛ばした。
次の瞬間、先輩と雷地と常磐が巨人に一蹴りで肉薄する。
「はっ!」
先輩は居合で巨人の左腕を斬り落とし。
「ほいっと!」
常磐は宙を舞う剣をボードのように乗りこなし、巨人の右腕に大量の大小からなる剣を突き立て、剣山に変える。
「ふんっ!」
常磐は両手が使い物にならなくなった巨人の両足を持ち上げ、砲丸投げのごとく投げ飛ばした。
それは私達の通ってきた側の通路を滑るように飛んでいき、太い柱にぶつかって止まる。
「グ………グゥ………………」
地響きのような声を最後に、巨体から力が抜け、床に沈んだ。
まさに瞬殺。
「造作もない」
「所詮は素人。俺達の敵じゃない」
「まー、そだね」
「あの……………、死んでないですよね?」
遠目から見ても、片腕を無くしたそこから血が吹き出し、墓標のように突き立った剣の根本からは血が溢れ、強かにぶつけた首はあらぬ方に曲がってたりするのですが。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………え、えっと…………?」
私の質問に、何とも言えない空気が漂う。
「おまえ、知らないのか」
「何をですか?」
「強大な力を得る代償に、作り変えた肉体は戻らない」
「…それって、巨大化した時点でこの人は………」
直接言葉にはださなかったが、先輩は神妙に頷いた。
「俺たちに出来るのは、祝詞をあげ、丁重に埋葬してやる事だけだ」
「お前の無念は晴らそう」
彼らは手を合わせて黙祷する。
私も真似をして、手を合わせる。
ツクヨミさん。
『なんだい』
穏やかな声色だった。
きっとこのひとは、私がこれから頼むことをわかっている。
『神の奇跡にそうそう頼るものじゃあないよ』
出来ないとは言っていない。
だが、拒否されるのは予想外だった。
なんでそんなことを言うの。
あなたの力があれば救える命でしょう。
『そうだね、ただ生き返らせるだけなら簡単』
だったら………。
『簡単だが、タダとは言えない。対価が必要さ』
対価………。
『月海。きみはこの見ず知らずの少年の為に、命を差し出せるかい?』
命って、重すぎない?
『重すぎるものか。命の穴埋めは命しかあるまい。彼の代わりにきみが死ぬだけだ。想像してごらんよ。戦いとは命の取り合いだ。殺さなければ殺される。その人がいたから救えた命もあれば、その人がいたから失われた命もある』
ツクヨミノミコトが何を言いたいのかわからない。
『今回の場合は、彼がお札を貼られなければ、この場にいなければ、友人を選んでいれば、こうなる事はなかった。彼自身の長年の選択の結果。それと、ちょっとの運で生死が別れたのさ』
なにそれ。
だったら、私たちが彼らに会わなければ、お札を貼られる事はなく、生きていたかもしれないということ?
でも、私たちがいたからこそ助けることができた人達もある。
『運命だったと、諦めるんだね』
だったら、神水流家の騒動で大勢を生き返らせたのは何だったの?
『あの時は誰も死ぬ運命ではなかった。それだけの話さ』
この少年は死ぬ運命だったと。
匙加減がわからない。
やりきれない気持ちになって、唇を噛んだ。
誰かの柏手が響き渡り、顔を上げた。
「さて、元凶を倒しに行くぞ」
「一般人を巻き込むなんて、胸糞悪いよねー」
「この少年はどうする? 連れて行くか?」
「どうせ逃げられないんだから置いていけ。後で迎えに来ればいい」
「建物が壊れたら危険だ。俺が外に運んでやろう」
「常磐やさしー」
「一般人に見つからないように隠しておけよ。月海、お前も外に出るか?」
先輩の、気遣うような言葉とは裏腹に、声色は厳しい。
今の私は足手纏いにしかなっていないのだ。
この先にどんな罠があるかわからない以上、庇う荷物は邪魔になる。
私は今、戦えるかを問われている。
………ツクヨミさん。
『なんだい?』
私の命じゃなくてもいい?
それだけ聞くと、ツクヨミノミコトはおかしそうに笑った。
『あはっ、酷いね。でも、それでいい』
目標が決まれば、出来ないなんて言っている場合じゃない。
「私も、ついて行きます」
心なしか唇の端が上がる。
私の覚悟が通じたのか、先輩がニヒルに笑った。
「行くぞ」
「はいっ!」
いつでも戦えるように、身体強化をしながら先輩達の後ろを歩く。
対価にするのは、首謀者の命だ。
その人がいなければ、少年は死ぬ事はなかったのだから。
この胸に渦巻く怒りに従って、ペンダントを剣に変えた。