まじないの召喚師3
第1章
夜逃げのような引越しから一夜明け。
トーストに目玉焼きという、簡単な朝食を終えたところで、インターホンが鳴る。
「誰だろう? 見てくるので、静かにしててくださいね」
先輩はソファーで刀の手入れ。
ヨモギ君とマシロ君はマシュマロトーストの二枚目にかぶりついたところだった。
長らく留守にしていた家に人の気配がするので、ご近所さんが訪ねてきたのだろうか。
先輩達を見られて、男を連れ込んだとか、変な噂になりたくないなぁ。
両親や妹への用事なら、火宮の住所を伝えよう。
小走りで行った玄関の扉を開けると、そこには爽やかな朝に似合わない、黒いパーカーのフードを目深に被った少年がいた。
今がもし夜なら、不審者然とした格好に悲鳴をあげていたところだ。
「……おはよう、ひさしぶり」
相手が私とわかると、彼はフードを外した。
もさもさの前髪に隠れた顔、首にかけたヘッドホンに見覚えがある。
彼の美しい歌声は、聴く者を破滅させる能力を持つ。
つい先日、共に囚われの仲間を救いに行った同志。
「神水流響………」
なぜここに、彼がいるのだろう。
「………ここじゃ目立つし、家に入れてもらえる?」
響の後ろ、道路には、ゴミ出しするご婦人が話に花を咲かせていたり、気合の入った装備でジョギングする青年など、人がまばらにいる。
彼らに見られて、話のネタになるのはごめんこうむりたい。
損得勘定の思考は一瞬で終えた。
「……どうぞ」
「……お邪魔します」
神水流響なら、こちらの関係を邪推することもないだろう。
私は彼を家の中に入れ、静かに玄関を閉めた。
響は勝手知ったる我が家のように、迷いない足取りでリビングの扉を開く。
「……おはようございます、皆さん」
「ろうやのひとだ」
「おうたのひとだ」
「テメェ、何しに来た」
「……挨拶だよ。これ、つまらないものてすが」
「わーい」
ぱたぱたと走り寄る子ども達は、響から紙袋を貰い、食後のテーブルで開封作業に移る。
飛び跳ねて、尻尾をぶんぶん振って、大喜びだ。
そんな子供達の様子に響の口元が綻んだ。
「すみません、お茶をいれてきますので座っててください」
「……お構いなく」
「いや、手土産もらって、タダで返すわけにはいかねぇよ。茶ぐらい飲んでけ」
「………じゃあ、お言葉に甘えて。……………元気そうでよかった」
ローテーブル側のソファーに腰掛けた響の視線の先。
手土産のゼリーを光に透かすヨモギ君の姿に、ヨモギ母を重ねていた。
「粗茶ですが」
「………どうも」
「で? 何しに来た」
邪魔にならないようお茶を置いた私と対照的に、先輩は響とヨモギ君の直線上に立つ。
至福の時間を邪魔されて、響は不機嫌になる。
「………言ったよね、挨拶って」
「あぁ、言ったな。挨拶って」
「先輩っ!」
私は思わず叫んだ。
先輩は響の喉仏に切っ先を向け、響は動じる事なく先輩を見返した。
「こんなところで刀持ちだすとか、やめてくださいよ!」
「挨拶だ」
「そんな物騒な挨拶、他でやってください!」
火宮家の稽古場のような自動修復機能なんて便利なものはないんだから。
家具とか壊れても直らないし、掃除片付けは自分の手でやらねばならない。
何が言いたいかと言うと、いくら我が家と言えど、血生臭い惨劇の家に住みたくないのだ。
先輩を止めようとして、手元が狂われて流血沙汰も困る。
かといって、響をどうこうできるものではない。
どうしてこうなったんだ………。