まじないの召喚師3
「それだ!」
「!?」
何が?
「陽橘のやつ、そこまで堕ちたか」
「嘆かわしい。男なら、正々堂々正面から打ち砕くべし!」
「花嫁のせいで随分変わっちゃったねぇ」
「アンタ達バカでしょ。公式から認められてる、不文律のルールだよ。いかに当日まで他の受験者を蹴落とすかが試験の醍醐味って、去年受験した分家のモブが言ってた」
「………裏工作の桃木野らしいやり方」
「ボクのところだけじゃないしー。みんなやってますー」
「あのー、つまり、どういうことですか?」
私は隣の先輩にこっそりと聞いた。
先輩はなんでもないことのように答える。
「あいつらは、俺たちの受験を妨害しに来やがったんだよ」
「妨害……」
家を燃やせば、必然的に受験票も一緒に燃える。
受験票をなくせば、受験資格を失うのは当然のこと。
ただ普通と違うのは、無くすのは自身の不注意であって、決して、妨害の結果では無いはずだ。
常磐が納得したように笑う。
「ああ、だから毎年この時期、受験するはずの3年は自主登校になるのだな」
「受験票持ったまま他の受験者と同じ空間に行くのは、自殺行為ってね。落ちた腹いせに狙ってくる奴もいるだろうねぇ」
「………つまり、学校にいる3年は、脱落者」
雷地が不味いものを食べたような顔になり、響が鼻で笑った。
「で? 肝心なボクたちの受験票はどこにあるの?」
柚珠が焦りを抑えて尋ねたところで、リビングの扉が勢いよく開く。
「ご主人様だ!」
「ご主人様! おかえり!」
白い少年ふたりが先輩に飛びついた。
「ただいま。ヨモギ、マシロ。無事でよかった!」
「ふへへー」
「へへー」
頭を撫でられて、ふくふくと笑う彼らは、先輩から少し身を離して、服の下から出した、大きめの封筒を差し出した。
「ゆうびんだよ!」
「だよ!」
「ありがとな」
先輩がそれを受け取り、ペンダントの刀をペーパーナイフのように扱い封を切り、中身をテーブルの上に広げた。
一回り小さな封筒が6枚。
金光院雷地。
桃木野柚珠。
浄土寺常磐。
神水流響。
火宮桜陰。
天原月海。
ここにいる全員の名前が、ギリギリ読めるくらいの達筆で記されていた。
「へぇー」
「ふぅん」
「うむ」
「………ん」
「そういうことか」
各々が、自分の名前の封筒を取り、中を確認する。
「どういう事ですか?」
答えのない独り言をこぼしながら、余った天原月海と書いてある封筒を取り、ペンダントの剣をペーパーナイフ代わりに開封した。
中身は、紙が1枚と、手のひらサイズの人型の板のみ。
皆が読んでいるだろう、受験案内を読んでいく。
試験にご応募いただきありがとうございます、といった挨拶文から始まり、合格基準は受験者総数の上位数パーセントであること。
正確な試験日時は追って知らせる。
まずは受験票の代わりに、同封している木簡を指定の期間まで保管しておくように。
私は、封筒と同じように達筆で名前の書かれている、木でできた人型を持ち上げる。
どうやら、これが話題の受験票らしい。
本の栞にちょうどいいサイズ感なんだけど。
「なお、紛失、破損された場合はその資格を喪失します」
先輩!?
どこにそんなことが書いて…………あ、隅に小さな字であるわ。
詐欺のやり方じゃん。
先輩は、木簡をつまみ上げ、口の端をつり上げた。
「試験の手口はわかった」
「手口て……」
悪いように言いますね。
否定はしませんけど。
「この世界は弱肉強食だよん。月海ちゃんも慣れようねぇ」
雷地が指を鳴らすと、窓の外にナイフの雨が降る。
「ギャアアアアァァァァァー!!」
庭から汚い悲鳴があがり、ドサッと落ちてきたのは、全身にたくさんのナイフが墓標のように突き刺さった人。
「襲いに行くなら、襲われる覚悟もしなきゃねぇ」
雷地がバチコーンとウインクをかます。
「まだ居やがるな」
先輩が大窓から庭に飛び出し、塀を飛び越える。
すぐに、3人分の汚い悲鳴が聞こえた。
出た時と同じように塀を飛び越えて庭に入った先輩は、涼しい顔に、赤い雫を付けていた。
「先輩、それ………」
「ん?」
ナニモシラナイヨ、みたいに無邪気に笑わないでください。
相手、生きてるよね。
事案じゃないよね?
「俺の出番だ!」
先輩と入れ替わるように常磐が庭に出て、ナイフが突き立った人の足を片手で掴み。
「フンッ!」
空の向こうへぶん投げた。
「ええー…………」
星になったそれに、どう反応すればよいのか、わからない。
ただ、言葉にならない声をあげるだけ。
「………外のやつは、下水に流しといた」
「サンキュ」
響は、先輩に淡々と告げる。
「所詮はザコのモブなのよ!」
「この程度、ヨユーだねぇ」
一通り見ていた柚珠は高笑いし、雷地は鼻で笑う。
「歴代の試験を知ってる人なら、飛び立った受験票の行き先を見て、奇襲をかけられるってわけか」
「第一段階は情報戦だよっ。いかにライバルを減らせるかが鍵なんだから」
家バレしてんの?
いや、バレてるから襲撃があるんだろうし。
「………結界の強化をする」
「頼んだぞ、響」
「………ん」
響はテーブルに水を垂らし指を滑らせ、魔法陣のようなものを描く。
それから彼らは、これからについて話し合いを進めていく。
私ひとり、蚊帳の外。
切り替え、早ぁ………。
慌てた様子もないことから、これが彼らの日常だったのかと。
私はまだ、彼らの世界に染まれていないわ。
いいことなのか悪いことなのかはわからない。
が、これから先、彼らやイカネさんたちと共にある上では必要な感性になってくるだろうことは、想像に難くない。
でも、彼らの非常識的な面を見ていると、一般人な感覚を無くしてしまうのは恐ろしい。
四六時中、狙われることになる。
何も知らない一般人ではいられない。
周りの人を疑い、警戒し、騙し。
毎日のように部屋を破壊する彼らのことだ。
同盟者といえど、完全に背中を預け合ったわけではない。
私の仲間は、純粋に信じられるものは……。
「月海、大丈夫か」
無意識に自身の木簡を握りしめていた手に、スサノオノミコトが小さな手を添えてくれる。
「うん、大丈夫」
「……………」
笑みを作ったつもりだ。
しかし、スサノオノミコトの眉間には深くシワがより、眉尻が下がった。
「気負うな。露払いは我らに任せよ」
私たちの会話に気づいたツクヨミノミコトが、先輩の肩から、私の肩に移動する。
「そーそ。彼らは信頼していい。私たちがついていて、万に一つもありはしないさ」
それに、と、ツクヨミノミコトは耳打ちする。
「ツクヨミノミコトの名に誓って。彼らは殺意はあっても敵意はない。闇討ちはしても、同士討ちはしない。その辺は弁えている」
いや、攻撃されるんじゃん。
「加減をわかっているよ」
そう言う問題じゃない。
「損得の一切絡まない友人関係なんて、いったいどれくらいあるんだろうね?」
嫌だよ、そんなギスギスした友達。
「つまりはいいライバルってことさ」
いい感じに終わらせようと思ってるんでしょうけど、全然違うからね。
信頼も安心もできないよ。
「あー、まあ………」
先輩が小声で話しかけてくる。
「こういう奴らで、これが正常な関係だよ」
なんのフォローにもなってないんだよなぁ。
息をついて、彼らを見る。
色眼鏡を外せば、和気藹々と、真剣に話し合っている。
耳を傾けると、返り討ちの罠や、攻めに出る時のフォーメーションの話。
それらは、先輩お手製の夕飯を食べて、風呂に行くまで続いた。
なお、今夜も闇討ちが行われたらしく、家が揺れた。
うーん、物騒だ。
でも、イカネさんが隣で微笑んでくれたから、どうでもいいや。