再縁恋～冷徹御曹司の執愛～
「お願いします。黙っていていただけませんか。どうしても産みたいんです。彼に迷惑はかけません。ひとりで育てます」


必死に頭を下げると、沢野井さんの冷えた声が聞こえた。


「ひとりで産んで育てるって簡単じゃないわ。本当にわかっているの？」


「ちょっと、春香」


「姉さんは黙っていて。父親は嵯峨副社長なんでしょ？　親としての責任があるんだから援助してもらって当然だし、こうなった以上婚約も破棄すべきよ」


イラ立ちを含んだ声にそろそろと顔を上げる。


「……武居さん、ごめんなさいね。今日事情を知ったばかりの私たちが言えた義理ではないけれど、私も責任は負ってもらうべきだと思う。そんな薄情な人ではないわ」


彼とは古い付き合いだという女将は、小さく息を吐く。


「実はね、あなたのお話も以前少し伺ったの。とても嬉しそうに話されていて、だから余計に武居さんの面差しは記憶に残っていたのよ」


「……私は本気でしたが、彼は違ったんです」


自嘲気味につぶやく私を、女将が痛ましげに見つめる。

胸が鋭い刃物で傷つけられたかのようにジクジク痛む。


「あなたは我慢強いうえに物分かりがよすぎるわ。話し合う前からあきらめて自ら退くなんて……嵯峨副社長に怒って怒鳴ってもいいのに」


女将の言葉に小さく首を横に振る。

数日泣き続け、涙はもう枯れてしまっていた。

罵っても胸中はまったく穏やかにならず、ただ虚しいだけだった。
< 76 / 200 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop