飛べない小鳥は見知らぬ運命の愛に震える
 琴鳥は肩を落とした。
 女性はスマホを取り出し、何かを検索した。
「隣のビルで「オメガ被害者の会」がやってるね。名前と場所が似ているから間違えたんだろう」
 言われて、隣を見る。
 古びてくたびれた小さなビルがあった。
「何があったのか、聞いてもいい? 話すだけでも楽になるかもしれないよ?」
 女性の口調はあくまで優しい。
 琴鳥の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「怖かったんだね」
 女性は背中を撫でてくれる。止めたいのに、なおさら涙が溢れた。
「2か月前、水をかけられたんです」
 嗚咽を殺して、琴鳥は話し始めた。
 オメガ狩りのニュースを見た翌日のことだった。
 オメガ狩りはオメガをターゲットに暴力を振るったり嫌がらせをしたりする行為のことだ。
 見た目では第2の性は判別できない。だからどこかで見聞きして狙う場合もあれば、弱そうな見た目でそうと思いこんでターゲットにされる場合もある。
 その日は休日で、友達との予定があったので駅前に向かった。
 多くの人が行き交っていた。
 その中を、男の2人乗りの自転車がちりんちりんとベルを鳴らし、人をかき分けるようにして走ってきた。
 琴鳥とすれ違いざま、液体をかけた。
「きゃあああ!」
 悲鳴で、周囲の人が振り返る。
 自転車の男たちは大声で笑いながら走り去った。
「大丈夫? こちらへいらっしゃい」
 親切なおばさんが琴鳥を人気のないところへ連れていき、警察を呼んでくれた。
 被害を伝えたところ、「オメガ狩りでしょう」と冷静に言われた。
「今回はただの水だったようですが、発情誘発剤やフェロモンをかけるケースもあります。お気をつけください」
 警察官にそう言われ、ショックを受けた。
 誘発剤は発情不全の人に処方されるものだ。無理矢理発情させるもので、どこでも買える薬ではない。発情不全は不妊につながるから誘発剤がある。本来は内服するものなのでかけられただけでは発情はしないが、もしフェロモンだった場合、周囲は混乱に陥る。
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