飛べない小鳥は見知らぬ運命の愛に震える
 琴鳥は外出が怖くなった。元々怖がりだったのに、それが加速した。
 ただ歩いていただけで唐突に悪意を向けられた事実が、琴鳥の心を縛った。
 会社にはなんとか通勤しているが、それ以外は家にこもっていた。
 だから友達が被害者の会に参加してみたら、と言ってくれたのだが。
 まさか似た名前の真逆の会に行くことになるとは思いもしなかった。
「そんなに怖い思いをしたのに、ここまで来たんだ。がんばったね」
 美鷹に優しく言われ、うう、と琴鳥は嗚咽をもらした。
 恐怖を認めてもらえて、うれしかった。
 仕方ないとわかってはいるが、警察の対応は事務的で、親身とは言いがたかった。
 正義の味方が味方になってくれてないような、見捨てられた感覚があった。
 そうなると、自分が苦しく思うことが間違いなようにすら思えてきた。
 みんなちゃんとしてるのに、自分だけ。
 世間から置いていかれるような気すらしていた。
 かけられたのは水だったのに。
 なんでこんなに怖くて仕方がないのだろう。
 人の足音に怯え、自転車の音に怯えた。
 あのとき別の道を行っていれば。
 もう少し早く家を出ていれば。
 後悔が自分を責める。
 家族や友人に慰められても、いや、慰められるとなおさら自分を責めた。立ち直れない自分が悪いように思えた。
 家族も友達も同情してくれたし、犯人に怒ってくれた。
 だが、赤の他人に言われるのとは、何かが違った。
 第三者である彼女に恐怖を認めてもらえたことで、自分の苦しみに正当性があると、ようやく言ってもらえたような気がした。
 琴鳥が泣き止むまで、女性はずっとそばにいてくれた。
 
「ごめんなさい、すっかり時間をいただいてしまって」
 琴鳥が謝ると、いいんだ、と女性はまた微笑した。
「また会えるね? 名前を教えて? 私は宝堂院美鷹(ほうどういんみたか)という。美鷹と呼んで」
「花海琴鳥です」
「どういう字?」
 字を教える。花の海に琴の鳥。
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