飛べない小鳥は見知らぬ運命の愛に震える
 返事をして、琴鳥は走り出した。
「待て! その名刺をよこせ!」
 男は琴鳥をおいかけようとした。が、美鷹が男の肩を掴み、止める。
「やめろ! 怖がってるだろ!」
「お前……!」
 男は美鷹を睨んだ。
「いたいけな女性を脅すのはやめろ」
「お前が悪いんだろ」
 つり上がった目が怒りに燃え、鋭さを増している。
「人のせいにするのは良くないと習わなかったか? また警察を呼んでやれば学習するか?」
 美鷹は不敵に笑って男から目をはずさない。
 しばらく睨み合った後、先に目をそらしたのは男の方だった。
「今に見てろよ」
 男は苦々しく吐き捨て、背を向ける。
 ふん、と美鷹は鼻を鳴らす。
「お前の好きにはさせない」
 美鷹は彼の背を睨んでつぶやいた。

 美鷹との出会いは琴鳥の心を浮つかせた。
 気がつくと美鷹のことを考えていた。
 背が高くて胸が大きくて、ウエストは細かった。メリハリのある体に明るいグレーのパンツスーツが良く似会っていた。彼女の指は白くて長く、桜色のショートネイルには左手の薬指にだけ黄色に輝くストーンが施されていた。
 美鷹に出会ってから、心は翼が生えたかのように軽くなっていた。
「また会えるね?」
 と彼女は言った。会いたい、でもなく、会おう、でもなく。
 その言い回しが妙に心に響いた。
 連絡がほしい、と言っていた。
 いつ連絡したらいいんだろう。
 あんまりすぐだと失礼だろうか。
 仕事は何をしてるんだろう。
 名刺には名前と電話番号しかなかった。
 美鷹さん、会いたい。
 そんなことばかり考えていたから、周囲への注意が散漫になった。
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