奪われたオメガは二つの運命に惑う

1.お見合いの夜

 この世界には、男と女の性に加えて、アルファ、オメガ、ベータの性が存在する。貴族の中でも優秀な血筋に稀に現れるアルファと、能力は劣るもののアルファと番うことでアルファを産みやすいこれも珍しいオメガ、そして多くの平民に占めるベータからなる三つの性である。
 オメガであれば男女関係なく子を産めるため、能力が劣るにも関わらず、この国ではオメガは大切に保護されていた。そして、優秀なアルファとオメガを効率的に番わせるため、定期的にアルファとオメガを集めた見合いが開かれるのが恒例だった。
(皆は羨ましいなんて言うけど、オメガなんて絶対なりたくなかった……)
 第二の性は思春期になって発現する。伯爵令嬢であるリディ・アンベールも思春期を迎え、社交界にデビューするその歳に、オメガ性が発現したのである。
 こげ茶の髪に、こげ茶の瞳。色白なところは令嬢らしいものの、小柄な身体は凹凸も少なく、もう結婚適齢期だというのに、女性らしい魅力に乏しいリディは自分に自信がなかった。というのも、オメガというのはなぜか見目麗しい者が多かったり、体型的に魅力的な者が多いからだ。それに比べて、リディはなんとも魅力に乏しい。
 オメガはアルファにうなじを噛まれただけで番が成立し、生涯番ったアルファにしか発情しなくなる。それを狙ってアルファがオメガを襲う例もあるため、オメガはうなじを守る首輪を常につけているのが一般的だ。
 リディもその例に漏れず、うなじを守る首輪をつけてはいるものの、あまりの自分の魅力の乏しさに、そんなものがなくたって彼女は襲われたりなんかしないだろうと思っていた。だがこの日、彼女はその認識を改めることになるだろう。
 彼女は積極的にアルファに話しかける気力もなく、食事が用意されたテーブルの前でぼんやりと立っていた。
(オメガなのに、誰にも選ばれなかったらどうしよう……)
 大切に保護されているオメガではあるものの、見合いの選択権はアルファにある。オメガは選ばれるのを待つのみである。
「そのほうがいいのかも」
 ぽつ、と呟いたら、なんだか気が楽になった。どうせ、リディはアルファと番いたいわけではない。だって、彼女の心の中には、忘れられない初恋の人がいるのだから。
「何がそのほうがいいんだ?」
「お嬢さん、少しいいかな」
 声がかけられると同時に、両肩がぽん、と叩かれた。
「え……」
 振り返ったリディの胸が、どくん、と跳ねる。
「おい、俺が先に彼女に……」
「も~、僕がこの子見つけたんだけど」
 同時に文句を言っているのは、二人の男性だった。その姿は髪型は違うものの、鏡で合わせたようにそっくりで、青みがかった黒い髪に緑の瞳が印象的で、酷く顔の整っている男だ。同じ顔をしているのに、一人は溌剌とした表情、そしてもう一人は面白そうにリディを見つめる表情で、印象が全く違う。その二人の面差しに、リディは見覚えがあった。
「……もしかして、ジェイ……?」
「やっぱり、リディだったか。後ろ姿でそうじゃないかって思ったんだ」
 快活に笑った男に対して、隣のもう一人は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。なんだか二人を見ていると、頬がかっと熱くなる。
「ねえ、ジェラルドさあ、僕のこと無視しないでくれる?」
「ガエル。彼女は俺が先に……待て」
 不機嫌そうな男――ガエルを牽制しようとしたジェラルドは、ぴたりと止まって、怪訝そうな顔になった。
(なんだか……身体が、熱くて……変だわ)
「この匂い……まずい。発情か!」
「はつ、じょう……?」
 くらりと傾いた視界に、リディの身体は倒れ込む。その身体を支えたのが、ガエルなのかジェラルドなのかわからないまま、彼女は目を閉じた。ただ彼女の腰に触れたその腕から、強い熱を発したように鼓動が早くなる。
「苦しい……」
「やばいね。休憩室に連れていこう。さっきもいい匂いだったけど、匂いが強すぎるよ」
 ちら、と周囲を見回したガエルは、周りのアルファたちがリディの発情したフェロモンの香りに反応しているのを見てとった。
「彼女は俺が連れていく。ガエルは」
「ねえ。この子、一体誰に触られて発情したの?」
「……は?」
 リディの身体を支えていたのは、ガエルだ。彼はリディを横抱きに抱え上げて、会場の外に向かって歩き始める。
「ここにきたオメガって、発情抑制薬を飲んでから来るはずなのに、どうして発情したんだと思う?」
「それは……」
(何を、話しているの……身体に力が入らなくて……)
 抱きかかえられながら、リディはまだ気を失っていなかった。だが、身体の奥が疼いて熱い。
 見合いの会場を出たすぐ近くには、休憩室がいくつも設けられている。見合いだなどと綺麗な言葉を使っているが、つまりはお試しで肌を合わせるために、いわばヤリ部屋が用意されているのだ。身体の相性を見て番を自由に決定させるといのだから、実にろくでもない。
 その一つにガエルは入りながら、嘲るように笑った。
「薬飲んでるのに発情するのは、運命の番に反応したってことだよ。教師に習ったの忘れちゃった?」
「忘れるわけないだろう。……彼女は俺の運命の番だ」
 ガエルはリディの身体をベッドに横たえさせると、そのままベッドのふちに腰掛けて、あはは、と声をたてて笑った。
「馬鹿言わないでよ。僕とジェラルド。同時に触ったでしょ? どっちが番かわからないじゃん。僕も発情してるし。これがフェロモンにやられてるせいなのか、運命の番に反応してるのかはわかんないけど。ね、ジェラルドも今、勃ってるでしょ」
 にっと笑って、ガエルはリディの腰を撫でる。
「彼女に触るな!」
「やだなあ、なんで僕ばっかりのけ者にしようとするの。ていうかさ、まずこの子の発情を抑えてあげるのが先じゃないの? すっごく辛そうだもん。ジェラルド、気持ち悪い紳士のふりなんかしないでよ」
 ガエルがベッドに乗り上げると、ジェラルドが焦ったようにそこに駆け寄る。
「ねえ、お嬢さん。喋れる? 名前を教えてくれるかな。僕はガエル。ガエル・ペロー」
「わ、たしは……リディ・アンベール……です。……ふ、ぅ……うう」
「うん、苦しいね。今楽にしてあげる。いいよね?」
「おい!」
「いいよね、リディ」
 そう問いかけながら、ガエルはすでにリディのドレスに手をかけている。
「うるさいな。とりあえず二人で発散させてあげればいいでしょ。こんなに辛そうなんだもん。見てよ、この顔」
 ガエルが示したリディの頬は赤くなっていて、目はとろんと虚ろになっている。口は荒く呼吸をしていて、いかにも苦しそうである。
「すぐによくなるからね」
「ン……ッ?」
(……なに?)
 わけのわかっていないリディの唇に、ガエルのものが重なって貪る。
「ん、んん……」
 唇を吸いながら、腰を留めている編み上げのリボンをするすると解いていくガエルに、たまらずジェラルドも上着を脱ぎながらベッドに乗り上げた。
「あ……は、なにを、して……」
「気持ちいいことだよ。大丈夫。最後まではしないから」
 ガエルはリボンをほどききると、彼女を横向きにして背中のボタンをも外しきり、ドレスをすぐに脱がせてしまう。コルセットとドロワーズが露わになったが、コルセットには手をかけず、すぐにドロワーズを引き下げた。通常時ならば羞恥を催すはずのその仕打ちに、身体が熱くてたまらない今のリディは、脱がされるのが気持ちいいとさえ思える。
 当然のように彼女の裸体を直視するガエルと違って、晒された肌に驚いてジェラルドはさっと目を背けた。
「力を抜いてて、そう。いい子……」
「んぁ……!」
 リディの細い足を開かせたガエルは、彼女の敏感な部分に優しく触れる。とろとろに溶かされてひっきりなしに彼女は声をあげた。
「やっな、ぁんんっそれ、あっぁっ」
(身体が、びりびりする……! こんなの、だめなのに……これ、気持ちいいってことなの?)
 ガエルの指に翻弄されるリディは、わけがわからない。
(なんか、来ちゃう……!)
「だめ、やっあ、あああ……っ!」
 いくらも愛撫しないうちに、リディはがくがくと足を痙攣させながら、一際甲高い声をあげ、そうして脱力した。
「あれ。まだ全然だったのに……もうイっちゃった? 敏感なんだね」
 頭を撫でて、おでこに口づけたが、リディの反応はない。彼女は初めての発情と、初めての快感のせいで気を失っていた。
「ふふ。気絶しちゃった。かわい。……発情も治まってるみたいだね」
 そう言ってガエルは彼女の身体を隠すようにシーツをそっとかけてやる。
「……ジェラルド、あてられたからってリディを襲ったらだめだよ? 寝てる間にシたら可哀想でしょう?」
「ばかなことを言うな!」
 ジェラルドは憤慨したように叫んだ。だが、ガエルは小さく笑っただけだ。
「しー。リディが起きちゃうでしょ。……どっちの運命なのかわからないけど……これから忙しくなるね?」
 ガエルはリディのおでこにかかった前髪を愛おしげに横に流して、そう言った。
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