専属SPは今回限り
令嬢
朝のホームルームを俯き徹してやり過ごした私――鴨重紗良。終わるなり今度は、伊達ちゃんとえみりに教室から連れ出された。近くの空き教室に詰め込まれて、ことの顛末を説明するに至る。
「んー、なるほどねぇ。お見合いとか結婚って言われるの、すんごい怖いよね」
えみりが差し出したハンカチにすがる私。スンと鼻を啜れば、最後に見た敬斗くんの苦渋に染まる表情を思い出してしまった。
「でもさ、紗良。たった一回お見合いしたからって、絶対に結婚するわけじゃなくない?」
伊達ちゃんの意見はもっともだと思う。「そうなんだけど」と加える私。
「私も一回なら別になんとも思わないよ。ちょっと食事して、会社に影響でない程度にあしらっちゃえばいいんだもん」
「なんか馴れた言い方だね?」
「わかった。これが一回目じゃないんだろ。紗良パパが言う『お見合い』っての」
「そうなの、伊達ちゃあんっ! 今回で八回目なのォー!」
うわあん、と伊達ちゃんにすがる。
「今までも七人とお見合いしたことあるんだけどね、今回は二回目を要求されちゃったんだって言われたの」
今回、七人のうちの誰が来るかはわかんないけど、全員私よりも一〇歳は上の、モッサリした冴えなさそうな感じだったのだけは確かなの。申し訳ないけど、義理でも好きになれない。
私は、歳が近くてシュッとしてバキッとした、顔面偏差値の高い人が好きなのに! たとえばほら、その、和泉敬斗的な感じの人、とか。
「そうは言っても、紗良のパパママは紗良を簡単にどっかやっちゃうわけないから、『今回で絶対に結婚させる』ってつもりはないんじゃないかなぁ?」
えみりの優しい言葉に、本当にそうであってほしいと願ってしまう私。
「今までも七回引き受けて、でもそれだけだったわけでしょ? 別に許婚だのを紗良パパが決めたがってる感じじゃないだろうし、今回も結婚決定の可能性は低いんじゃない?」
「でも、私が高校卒業したら、進学とかしないで、取引先の良さそうなとこへ嫁げるように準備始めるかも、とかまで言われたし……」
「準備でしょ? 嫁げるに足る準備っていうのは、結婚とイコールだとは限らなくない?」
「えみり、なんか冷静だね?」
「まぁねぇ。あたし、制約結婚系の乙女ゲーム好きだから、よく見慣れた展開っていうか」
「胸張って言えたことじゃないよ、えみり。紗良は現実問題なんだからな」
「わかってるよう」
「それで? 和泉くんにはなんて言われたの?」
伊達ちゃんからそっと離れて、鼻を啜って頷く。
「パパにちゃんと『嫌だ』って言えって。それで、敬斗くん自身は首突っ込めないから、何も言えないって」
ボソボソ言いながら、また悲しくなってきちゃった。『好きでもない人と結婚させられてしまうかもしれないショック』と、『敬斗くんがやけに大人のように引きで見ている事実』を受け止めきれずにいるから。
「まぁ、和泉くんなら言いそうだな」
腕組みをする伊達ちゃん。うう、そうなの。まぁ実際言われちゃったわけだけど。
「そっか、よしよし。紗良は好きな人に、庇ってもらったり、一番の味方になってもらいたかったんだよね?」
「ふえぇ、えみりィ」
大正解です。
はぁ、乙女ゲームとか少女漫画みたいな王子的展開には、さすがにならないか。わかっちゃいたけど、期待してしまったよねぇ。まぁ敬斗くんと付き合ってるわけでもないのになに期待しているんだか、って感じですけど! えぇえぇ、私がおかしかったんですぅ!
「でも、私、最悪なこと言ったの」
後悔とか羞恥とかから、頭を抱えて俯く私。
「なにが?」
「ん?」
「敬斗くんに、『私がどうなっても平気なの?』って訊いちゃったの」
こんな問いかけをすれば、間違いなく敬斗くんを困らせてしまう。そんなこと、ちゃんとわかってた。でも訊かずにはいられなくて、口から滑り出してしまったというか。
これは私の片想い。それでも、好きな人に「平気じゃない」って言われたかった。ちょっと面倒くさくて子どもっぽい、そんな願望が、つい。
「ふふ!」
「ンフフフ……」
「和泉くん、そのときなんだって?」
ん? 二人に笑われている……。そろりそろりと頭を上げて、ポカンと返答。
「面倒くさそうって思われたかもしんないような顔して、決定するのはパパとママと私だから、って」
つまりは、あの問いかけに対する敬斗くん自身の気持ちは、結局聞けなかったんだよね。
伊達ちゃんは顎に手をやって「ほーん?」とニッタリ。えみりは私の肩に腕を乗せてクスクス笑んでいる。
「和泉くん、本心隠した可能性あるな?」
「これはワンチャン『面倒くさそうな顔』なわけじゃあなかったかもしれませんねぇ」
「観察が必要かもしれませんな、飯原パイセン」
「ええ、左様にございますわね、伊達パイセン」
二人のニヤニヤの意味を一人だけ理解できていない私。え? どういうこと?
「紗良、土曜日だったよね、直近のお見合い」
「う、うん」
「まだ時間があるし、紗良はちゃんと、紗良パパと結婚だのについて話し合いをしなきゃダメだと思うよ」
「それは和泉くんも言ってたように、紗良が頑張るところだと思う」
ホワア、と目の前が明るんでいくような錯覚をする。
「社長都合で話し合えなかったら仕方がないけど、ハイハイってなんでも言いなりになる子どもからは、さすがにそろそろ足を洗わなくちゃ」
「紗良パパが優しいことはわかってるし、充分知ってるけど、『ウチの娘は絶対に逆らわない』って思われたまま紗良が大人になったらダメだよ」
変に取り繕うことなく、二人に言われてようやく冷静に受け止められたような気がした。子ども過ぎる私も、大人になりつつある私がしなきゃいけないことも、ようやく鮮明に見えたような気がする。
「きっと『嫁げる準備』ってのは、令嬢としての振る舞いからもう少し逸脱したものを身に付けさせるってことかな、ってあたしは思ったけどね」
「珍しくえみりに同感ですな。だから紗良、あんまり思い詰めるなよ?」
わかった、と頷いて、すると伊達ちゃんもえみりも優しく笑ってくれた。
「あたしと伊達ちゃんは、今後もずっと紗良の友達だし、紗良の味方だからね」
「どうにもならなそうなら、あたしたちだって居るから。いつだって頼るんだよ」
「ふえ、ありがとう」
さっき敬斗くんへ怒りとか不安の矛先を、知らないうちに向けてしまっていたんだと気が付いた。それなのに、敬斗くんは「理不尽だな」と突っぱねたりしなかった。きっと敬斗くんだって、突然私が泣き出したり一方的に感情と状況を告げてきて困ったはず。
だからあとで、ごめんなさいって謝らなくちゃ。さっきのふてくされたような「ごめんなさい」じゃなくて、ホントに真摯に「ごめんなさい」って。
「んー、なるほどねぇ。お見合いとか結婚って言われるの、すんごい怖いよね」
えみりが差し出したハンカチにすがる私。スンと鼻を啜れば、最後に見た敬斗くんの苦渋に染まる表情を思い出してしまった。
「でもさ、紗良。たった一回お見合いしたからって、絶対に結婚するわけじゃなくない?」
伊達ちゃんの意見はもっともだと思う。「そうなんだけど」と加える私。
「私も一回なら別になんとも思わないよ。ちょっと食事して、会社に影響でない程度にあしらっちゃえばいいんだもん」
「なんか馴れた言い方だね?」
「わかった。これが一回目じゃないんだろ。紗良パパが言う『お見合い』っての」
「そうなの、伊達ちゃあんっ! 今回で八回目なのォー!」
うわあん、と伊達ちゃんにすがる。
「今までも七人とお見合いしたことあるんだけどね、今回は二回目を要求されちゃったんだって言われたの」
今回、七人のうちの誰が来るかはわかんないけど、全員私よりも一〇歳は上の、モッサリした冴えなさそうな感じだったのだけは確かなの。申し訳ないけど、義理でも好きになれない。
私は、歳が近くてシュッとしてバキッとした、顔面偏差値の高い人が好きなのに! たとえばほら、その、和泉敬斗的な感じの人、とか。
「そうは言っても、紗良のパパママは紗良を簡単にどっかやっちゃうわけないから、『今回で絶対に結婚させる』ってつもりはないんじゃないかなぁ?」
えみりの優しい言葉に、本当にそうであってほしいと願ってしまう私。
「今までも七回引き受けて、でもそれだけだったわけでしょ? 別に許婚だのを紗良パパが決めたがってる感じじゃないだろうし、今回も結婚決定の可能性は低いんじゃない?」
「でも、私が高校卒業したら、進学とかしないで、取引先の良さそうなとこへ嫁げるように準備始めるかも、とかまで言われたし……」
「準備でしょ? 嫁げるに足る準備っていうのは、結婚とイコールだとは限らなくない?」
「えみり、なんか冷静だね?」
「まぁねぇ。あたし、制約結婚系の乙女ゲーム好きだから、よく見慣れた展開っていうか」
「胸張って言えたことじゃないよ、えみり。紗良は現実問題なんだからな」
「わかってるよう」
「それで? 和泉くんにはなんて言われたの?」
伊達ちゃんからそっと離れて、鼻を啜って頷く。
「パパにちゃんと『嫌だ』って言えって。それで、敬斗くん自身は首突っ込めないから、何も言えないって」
ボソボソ言いながら、また悲しくなってきちゃった。『好きでもない人と結婚させられてしまうかもしれないショック』と、『敬斗くんがやけに大人のように引きで見ている事実』を受け止めきれずにいるから。
「まぁ、和泉くんなら言いそうだな」
腕組みをする伊達ちゃん。うう、そうなの。まぁ実際言われちゃったわけだけど。
「そっか、よしよし。紗良は好きな人に、庇ってもらったり、一番の味方になってもらいたかったんだよね?」
「ふえぇ、えみりィ」
大正解です。
はぁ、乙女ゲームとか少女漫画みたいな王子的展開には、さすがにならないか。わかっちゃいたけど、期待してしまったよねぇ。まぁ敬斗くんと付き合ってるわけでもないのになに期待しているんだか、って感じですけど! えぇえぇ、私がおかしかったんですぅ!
「でも、私、最悪なこと言ったの」
後悔とか羞恥とかから、頭を抱えて俯く私。
「なにが?」
「ん?」
「敬斗くんに、『私がどうなっても平気なの?』って訊いちゃったの」
こんな問いかけをすれば、間違いなく敬斗くんを困らせてしまう。そんなこと、ちゃんとわかってた。でも訊かずにはいられなくて、口から滑り出してしまったというか。
これは私の片想い。それでも、好きな人に「平気じゃない」って言われたかった。ちょっと面倒くさくて子どもっぽい、そんな願望が、つい。
「ふふ!」
「ンフフフ……」
「和泉くん、そのときなんだって?」
ん? 二人に笑われている……。そろりそろりと頭を上げて、ポカンと返答。
「面倒くさそうって思われたかもしんないような顔して、決定するのはパパとママと私だから、って」
つまりは、あの問いかけに対する敬斗くん自身の気持ちは、結局聞けなかったんだよね。
伊達ちゃんは顎に手をやって「ほーん?」とニッタリ。えみりは私の肩に腕を乗せてクスクス笑んでいる。
「和泉くん、本心隠した可能性あるな?」
「これはワンチャン『面倒くさそうな顔』なわけじゃあなかったかもしれませんねぇ」
「観察が必要かもしれませんな、飯原パイセン」
「ええ、左様にございますわね、伊達パイセン」
二人のニヤニヤの意味を一人だけ理解できていない私。え? どういうこと?
「紗良、土曜日だったよね、直近のお見合い」
「う、うん」
「まだ時間があるし、紗良はちゃんと、紗良パパと結婚だのについて話し合いをしなきゃダメだと思うよ」
「それは和泉くんも言ってたように、紗良が頑張るところだと思う」
ホワア、と目の前が明るんでいくような錯覚をする。
「社長都合で話し合えなかったら仕方がないけど、ハイハイってなんでも言いなりになる子どもからは、さすがにそろそろ足を洗わなくちゃ」
「紗良パパが優しいことはわかってるし、充分知ってるけど、『ウチの娘は絶対に逆らわない』って思われたまま紗良が大人になったらダメだよ」
変に取り繕うことなく、二人に言われてようやく冷静に受け止められたような気がした。子ども過ぎる私も、大人になりつつある私がしなきゃいけないことも、ようやく鮮明に見えたような気がする。
「きっと『嫁げる準備』ってのは、令嬢としての振る舞いからもう少し逸脱したものを身に付けさせるってことかな、ってあたしは思ったけどね」
「珍しくえみりに同感ですな。だから紗良、あんまり思い詰めるなよ?」
わかった、と頷いて、すると伊達ちゃんもえみりも優しく笑ってくれた。
「あたしと伊達ちゃんは、今後もずっと紗良の友達だし、紗良の味方だからね」
「どうにもならなそうなら、あたしたちだって居るから。いつだって頼るんだよ」
「ふえ、ありがとう」
さっき敬斗くんへ怒りとか不安の矛先を、知らないうちに向けてしまっていたんだと気が付いた。それなのに、敬斗くんは「理不尽だな」と突っぱねたりしなかった。きっと敬斗くんだって、突然私が泣き出したり一方的に感情と状況を告げてきて困ったはず。
だからあとで、ごめんなさいって謝らなくちゃ。さっきのふてくされたような「ごめんなさい」じゃなくて、ホントに真摯に「ごめんなさい」って。