偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
黄色い羽根ペンを君に
男女の声だ。カップルだろうか?本棚に隠れて姿は見えないが、静かに本を探す音が聞こえる。2人は何か会話をしており、オリビアは勉強に集中しようと努力したが、やはり耳に入ってしまう。
何を言っているかまでは分からないが、やがてその声が荒々しくなってきた。喧嘩を始めたようだった。どうやら女の方は怒っていて、男の方はそれに耐えているようだ。
(……どうして、わざわざここでするかな……?)
迷惑な話である。喧嘩の声はどんどん大きくなり、ついに女の方が怒って図書館を出ていく激しいドアの音がした。
オリビアもさすがに手を止め、音のする方向を見た。女が出ていくと静かになり、コツコツと誰かがこちらに歩いてくる足音が鳴る。
本棚から顔を出したのは、ハヤトだった。まっすぐオリビアを見つめ、近づいて来る。驚きを隠せないオリビアは、彼の名を呼んだ。
「…ハヤト……?」
「やあ、オリビア」
ハヤトはにっこり笑って、オリビアの隣に座った。
学校で毎日会っているが、ハヤトにここで会うのは久しぶりだった。でも今のは?何故ハヤトは隣に座っているの?状況が飲み込めないオリビアは、素直に聞くことにした。
「……ど、どうしたの?喧嘩?彼女…さん?」
「ごめん、気にしないでくれ。それより、今日も勉強かい?」
「え?ああ……うん」
濁すハヤトに戸惑って答えると、彼はフッと微笑みながら言った。
「クリスマスだよ?今日。パーティーとか、行かないのかい」
オリビアはパーティーが苦手だ。その事を伝えると、ハヤトは「ふーん…」と、窓の外を眺めた。つられてオリビアも外を見ると、雪がちらついている。ふわりと舞う雪に飲まれて、静かな図書館がより一層静寂に包まれていた。
ハヤトが何故ここにいるのか、何故彼女と喧嘩をしたのか。色々と知りたかったが、その神妙な雰囲気を前に聞くのをためらった。
しばらくすると、再びハヤトが口を開いた。
「…オリビアは欲しいものは無いの?」
「え?私の欲しいもの………?」
「うん。クリスマスといえば、だろう」
オリビアは顔をハヤトに向け、そうね、と少し考えた。
「…あんまり思いつかないかも。しいていえば、モノでは無いわ。私が欲しいのは、結果よ。これでも頑張っているつもりだから、結果が欲しい」
自分のノートに目を落とす。ハヤトが不思議そうにしている。
「…君は十分結果を出しているだろう?」
「まだよ」
伸びをして、思い詰めたように、窓の外を眺める。だんだん、虚しくなってくる。
「………でも、今の私では絶対に手に入れられない。まだまだ、あなたには届かない。こんな日にまで勉強していても、サンタクロースは来てくれない。お金で買えるモノなら、簡単なんだけどね。私ってほんと、面倒だわ……」
オリビアは、ツリーのサンタクロースを見る。ハヤトは真剣な面持ちで、彼女を見つめて聞いている。彼をチラリと見やると、フッと力を抜き、ヘラっと笑った。
「あーあ、もう、疲れてきちゃったな…勉強は好きなんだけど、最近少し無理し過ぎたかも」
──あ……ダメだ。こらえるのよ、オリビア。
そう思えば思う程、抑えていた感情が溢れてくる。
「…でも、ここでやめたら、自分がもっと嫌になる……」
ぽろっと、涙がこぼれた。慌てて拭ったが、またポロポロと零れてくる。ハヤトの前で泣いてしまったのが情けなくて、上を向き、無理矢理涙を止めた。
「ハヤトは私の努力を尊敬するって言ってくれたけど、やっぱり私は結果で勝負したい…」
「………」
「ダメね。そろそろ潮時かしら。また1位に返り咲こうなんて、甘かったみたいね…」
「オリビア」
「何?」
ハヤトが遮った。オリビアはわざと窓の外に目をやって、返事をした。ハヤトを見ることが出来ない。
「君の欲しいものじゃないかもしれないけど…受け取ってくれないかな」
ハヤトがポケットから、何かを取り出した。
「えっ……」
オリビアが振り返ると、小さな包みがハヤトの手の上にあった。
オリビアは一瞬迷う素振りを見せたが、ハヤトに手を取られ、その上に包みを乗せられた。ハヤトに手を握られて焦る。
「開けて」
おそるおそる、箱を開けてみた。オリビアの目が大きくなる。中には、黄色の羽根ペンが入っていた。
「君の羽根ペン、もうボロボロだろ。普通科のクラスカラーにしてみたんだ。良かったら、使ってくれないか」
ハヤトが言った。いつも使っているボロボロの羽根ペンを見ていたのだろうか。オリビアは、目を丸くして驚いていたが、すぐに返そうとした。
「い、いえ、受け取れないわ。彼女さんに悪いもの」
──そうだ。彼には恋人がいる。私なんかがこれを受け取ってはいけない。
気持ちを自制する。
「いいんだ。頼むよ。それとも、気に入らなかったかい?」
悲しげに笑うハヤト。
オリビアは戸惑ったが、もう一度羽根ペンを見つめた。ハヤトが自分の為に選んで、買ってくれたプレゼント。自分の所属する普通科を象徴する、黄色の羽根ペン。
「………………いいえ…………」
気が付いたら、自分の顔がほころんでいた。
「嬉しい……ありがとう………」
オリビアは、ハヤトの目を見てお礼を言った。初めて素直に笑顔を見せる。ハヤトもオリビアを見て、ニッと優しく笑った。
「うん……だからさ、諦めないでくれよ。僕を超えるんだろう?」
「ええ……もちろんよ」
──元気が出てきた。そうだ。落ち込むのは、私らしくない。
「これ…どうして、くれたの?」
「あぁ、たまたま立ち寄った店で見つけて、オリビアに使って欲しくなったんだ。いつも頑張ってるから」
「…そう……」
「……じゃあ、僕はそろそろ行くよ。無理するなよ」
「ええ、さよなら」
去っていくハヤトを見送る。手元で眩しい程に、羽根ペンがきらきらと輝いている。実際にそうなのか、光に当たっているだけなのか、オリビアの目にそう見えているのか、彼女には判断が出来なかった。
(ハヤト……)
ただただ嬉しかった。彼の優しさが伝わってきて、暖かいものが胸いっぱいに広がる。
「………よし」
オリビアは、気合を入れて教科書を開いた。
ハヤトは、本当に自分を応援してくれているかもしれない。あんなに、妬んでしまったのに。
彼は、私の力を、信じてくれているのかも───────
オリビアがそう思った次の日、事件は起きた。