偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
素直に感謝しようとしたら
ようやく今日の授業が終わった。いくら勉強が好きなオリビアでも、さすがに今日は疲れた。やってもいない薬草泥棒の犯人扱いをされ、クラス中から責められたのだ。疑いが晴れ、謝って貰ったとはいえ、彼女の心は沈んでいた。早く、ゆっくり休みたい。
でも、宿舎には戻りたくなかった。きっと今頃、クラスの子達が自分の噂をしているに違いない。それでも図書館へ行く気にもならなかった。今日だけは、勉強のことは忘れたい。オリビアは重い足取りで教室を出ると、そのままある場所へ向かった。
「…良かった。誰もいない」
そこは、食堂前にある自販機コーナーだった。ちょっとしたスペースだが、団らん用にソファがあり、暖炉も備え付けてある、生徒たちの憩いの場だ。
オリビアはホッとすると、暖炉前の1人用ソファに腰掛けた。肘置きもあり、フカフカだ。ポケットに入れていた羽根ペンを取り出し、じっと見つめる。
───ハヤトが助け舟を出してくれたおかげで、自分の疑いは晴れた。でも、私は何一つ自分で反論出来なかった。あんなに冷静でいられない。私は何を言っても信じて貰えなかったのに、彼は一言で、皆の気持ちを変えた。
オリビアはその事実に打ちのめされていた。これでハヤトに本気で勝てると思っていた自分が馬鹿らしい。
───これを貰ってさえいなければ、もう諦めもついたのだろうか。
オリビアは羽根ペンを見つめたまま、ため息をつく。
その時、後ろのドアが開いた。あまりに突然で、ビクッと身体が震えてしまう。
振り向くと、そこには坊主頭の男がいた。
「あっ………」
「……………オリビア、一緒にコーヒー飲もう」
オリビアの返事を待たずに、ハヤトがマグカップをテーブルに置いた。目の前の自動販売機は使わないらしい。そして2つのカップに、魔法でお湯を入れ始めた。ハヤトが杖を振ると、ボコっと音が鳴り、熱々のお湯が注がれた。
「はい、どうぞ」
「……あ、ありがとう」
オリビアは戸惑いながらも受け取った。
そして、一口飲む。ハヤトも立ったままカップを口へ運ぶ。
───美味しい。甘すぎず苦過ぎない。ちょうど良い濃さだ。ミルクや砂糖が入っていないブラックなのに、まろやかだ。
「……おいしいけど、なんか腹立つわね…コーヒーを淹れるのも、上手なのね」
悔しくて、つい素っ気なくなる。
「ありがとう」
ハヤトは、まっすぐに受け止めた。
「…………私がここにいるってよく分かったわね」
「ああ、君、今日も図書館に行くと思ったから、後ろを歩いてたんだよ。そうしたら、ここに入って行くのが見えてね」
「…何か用?」
「オリビアに会いたかった」
「…」
オリビアは驚いてハヤトを見る。ハヤトは笑顔のまま、オリビアの向かいのソファに座った。
「ほら、さっきの授業の後、全然話せなかったし」
「あ、それは……あなたが悪いんでしょ!」
オリビアは調合の失敗を笑われたことを思い出し、顔を赤くした。
「あはは、そうだね。ごめんね。でも、元気になって良かった」
ハヤトはそう言うと、自分の分の飲み物を一気飲みするかのようにグイッと飲んでしまった。
オリビアは、その様子を見ながらもう一口だけ口に含んだ。
「……うん。今日ちゃんと言えなかったけど、ありがとう…信じてくれて」
「いいよ。オリビアが盗る訳ないから」
ハヤトは優しく笑う。
「ええ…結局、犯人は誰だったのかしらね」
「……いいんだ、もう。前の学校でもよくある事だったし」
初耳だ。
「え?そうなの…物騒ね」
「色んな人に妬まれてたからね。君みたいによく睨んでくる人も居たよ」
「……フン。悪かったわね」
オリビアは不貞腐れた。
ハヤトはへの字口になるオリビアに少し笑った後、真面目な顔に戻った。
「だけど、君は絶対に、そんな卑怯な真似はしない」
「………どうして分かるの?」
「見てれば分かるよ。君は僕の事を妬むけど、いつだって正々堂々としてるだろ。僕の足を引っ張ろうとはしない。自分の力だけで、僕に立ち向かってくれている」
「……」
「だから僕は、オリビアを信じられる」
「……ありがとう」
オリビアは、照れを隠して目を伏せたままお礼を言った。
「まぁ、どっちにしろ、君には無理だよ。君、たぶん即興とか苦手だろう。人のもの盗む余裕なんて無いでしょ」
「!!!」
全てを見透かすハヤトに、またオリビアの怒りが湧き上がってきた。
「…いちいち人を馬鹿にしないと気が済まないみたいね…!」
照れたり怒ったり、表情がコロコロ変わるオリビアを見て、ハヤトは笑った。
「あはは…君、本当に可愛いね」
「なっ…何よ。またそうやっておちょくるのね。もういい、帰る…」
オリビアがソファから立ち上がろうとした時、ハヤトが遮るようにオリビアの前に立ち、腕を掴んだ。