偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
ズレた恋愛観
薬の効力は強いのか、じわじわと手足に感覚が戻ってくる。これも彼が自分で作った魔法薬なのだろうか。
「……っはぁ……はぁ……」
「無理させてごめんね。大丈夫かい?」
ハヤトは自分の上着を脱ぎ、オリビアにかけた。
オリビアは、手足はゆっくりと動かせるようになったものの、まだ上手く力が出せないでいる。
ビンタの一つでもしてやりたい所だが、今のオリビアでは何も出来ない。
「大丈夫じゃない……最悪……」
「本当にごめんね。でもこんな便利な薬が手に入ったら、君に使うしかないだろう」
ハヤトは謝るが、その顔に反省の色は見えない。
「その思考回路どうなってるの?謝れば許されるとでも?」
「好きなんだから仕方ないよ」
「さすが、天才はやる事が違うわね」
「ありがとう」
ハヤトに嫌味は効かないのか、ニコニコと笑っている。あごをちょいと触られ、その手をパシンと振り払った。
「やめて。帰る。ハヤト、絶対に許さないから」
上着を投げるように返し、ベッドから降りる。もう筋力は充分に戻ったようだ。
「寂しいなぁ。あ、ちょっと待って。さっき魔法で鍵かけちゃったから」
そう言って杖をサッと振り、部屋のドアの鍵を開けるハヤト。
「あ…あなたって人は……」
本当に怖過ぎる…さっさと退散しよう。そう思いオリビアがドアノブに手をかけた時、遮るように上から手が乗せられた。
「オリビア」
「や、やめて!帰るの!」
「付き合って」
「何言ってるの?私、断ったわよね。強引にするなら嫌だって言ったはずだけど」
オリビアはハヤトに握られた右手を見つめながら言った。彼の行動が理解出来ない。自分の気持ちに答えを見つけられないまま急に関係を迫られても、困る。
無理にでもドアノブを捻ろうとするが、腰に手を回される。するりと囲まれ、後ろから抱きすくめられた。
「分かってるよ。でももう我慢出来ないんだ」
ハヤトの腕の中に徐々に飲み込まれていく。首筋にかかる息に心拍数が上がる。
「離してよ…どうしてそんなに私なんかに…」
「君を見てるといじめたくなる…」
ハヤトは耳元で囁き、そのまま唇を寄せた。彼に耳たぶを食むように甘噛みされ、オリビアは小さく声を上げてしまう。
「やっ……」
腕の中で抵抗するが、びくともしない。
「可愛いね……。好きだよ、オリビア」
「好きなら、嫌がる事しないで…」
「嫌がる顔が好きなんだ」
「…最低。どうしようもない変態ね。そういう遊びがしたいなら、そういう相手を探したらいいじゃないっ」
オリビアはもがきながら軽蔑するように言い放った──この人とは、恋愛におけるスタンスが合わない。付き合う前に体の関係を持とうとするなんて、ありえない。
しかしその直後、ハヤトに体の向きをぐるりと変えられ、両肩をドアに押し付けられた。
「僕は遊びたいんじゃない。本気だよ。オリビアが好きなんだ」
真剣な眼差しを向けられ、心臓が跳ねる。
「ほ、本気なら、どうしてすぐに手を出そうとするの?相手の気持ちを尊重して、同意を得てみなさいよ」
「分かった。じゃあ聞くけど、オリビアは僕の事嫌い?」
「えっ!?」
ハヤトに速攻で質問を返され、素っ頓狂な声を上げてしまう。
(その質問は、ズルい…!!)
オリビアは困った。本音を言うと嫌いではない。嫌いではないが、彼への闘争心から、すんなりと付き合うのも癪なのだ。ずっと妬んできたライバルの恋人になってしまうなんて、負けを認めたも同然ではないか。そんな事は自分のプライドが許さない。もう少し時間が欲しい。冷静に考える時間が。自分の気持ちを受け入れる、きっかけが。
戸惑い、目を泳がせてしまう彼女を見て気持ちを見透かしたのか、ハヤトは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「はい、同意と受け取るね」
「え、してな…きゃあっ!」
ハヤトは勢いよくオリビアの膝裏を抱え、持ち上げた。再びベッドへ連れ戻されようとしている。
「待ってっ!!き、嫌い!今大嫌いになった!!」
「そんなに顔赤くさせて何言ってるんだよ」
──仕方ない。この男は順番だとかこちらのペースを気にしてくれる様子も無い。
焦ったオリビアは、ハヤトの肩の上で杖を取り出した。ハヤトの本棚目掛けて思い切り振ると、ひとりでに飛び出した本が宙に浮かび上がり、バサバサとハヤトの頭に直撃する。
「わっ!」
ハヤトは突然の事に姿勢を低くして、頭を押さえた。オリビアはすかさず、ハヤトから降りてドアを開ける。
「バカ!!」
ハヤトが後ろから何か言っているが構わず部屋から逃げ、廊下を走り去った。向かう先はひとつだ。