偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
大差
レースは、ここにいる生徒が一斉に飛ぶため、かなり大規模なもので見応えがある。
地元住民の見学スペースもあり、学校の敷地の外にも、多くの見物客がいる。町をぐるっと一回りし、ここへ戻ってくるコースだ。
──スタートダッシュが大事よ。
オリビアは、飛び始めの速さに定評があった。それさえクリアすれば、後はどうとでもなる。よし、と気合いを入れた。
先生がレース開始の合図を出す。芝生を蹴り、空へ舞い上がろうとしたその時だった。彼女よりも、誰よりも速く、空へと駆け上がる者がいた。
「え……」
──速い。
驚き、目を大きく開く。一瞬遅れたが、我に返り、急いで後を追った。
何者かは、ぐんぐんとスピードを上げている。その後ろにつこうとしたが、少しでも気を抜くとすぐに差をつけられてしまう。
(うそ……速すぎる…)
ホウキに乗っていても分かる。背が高い。そしてこの学校では滅多にいない、坊主頭。オリビアの先を行くのは、どうやら男子生徒のようだ。しかしどのクラスにも、オリビアは彼を見たことが無かった。
専門学科生?トップクラスの人?───オリビアは頭を巡らせた。
(誰なの……?)
オリビアは初っ端から本気でスピードを出すしかなかった。もう、後先を考えている余裕は無い。
他の生徒たちも飛びながら、男のホウキの飛行スピードに驚いていた。
「なんだよあれ……!」
「オリビア、負けるな!」
「頑張れ!」
驚きの声に混じって、オリビアへの声援が遥か後方から聞こえる。あれは、先程も自分に声をかけてくれたクラスメイトたちだろう。
(ああ、もう……!)
オリビアの顔が歪む。悔しさと焦りが入り混じったような表情だ。必死に追うが、差は少しずつ開いていく。ホウキを握る両手が汗ばむ。
──あの、嫌な予感はこれのことだったのか。
後ろにはすでに誰もいなかったが、それにも気付かず、彼女は前にいる男だけを睨みつけていた。すると、ある事に気付く。
「はぁっ、はぁっ………え、うそ、片手でホウキ掴んでる……?」
自分は両手でしっかり握らないと、バランスが不安定になる。だが、男は右手で柄の部分を軽く握り、もう片方の手はだらんと下げていた。それだけ見ても、男の余裕が伺える。オリビアは初めて感じる敗北感に唇を強く噛んだ。
(………いえ、まだよ。あの角を曲がる時に、スピードが落ちるはず。そこを狙うしかないわ……!)
まだ諦めない。もうすぐ最後のカーブだ。校舎建物の5階辺りの高さで曲がり、直線コースに入った瞬間、一気に加速して追いつこうと考えた。
カーブを曲がると案の定、男が目の前にいた。オリビアは隣に並ぶことに成功した。
(やった……!)
もう限界だったが、意地になって、さらにスピードを上げた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
ここまで必死に飛んだことはない。体力を魔力へ変換させると、当然疲れる。息が苦しくなってきた。心臓の音がうるさい。
横目でチラリと男を見る。
「え……」
オリビアは驚いて、空いた口が塞がらない。
男は息ひとつ切らさず、相変わらずホウキを片手だけで握り、涼しい顔をしてこちらを覗き込むように見ていた。不思議そうに自分を見ている。
「ああ、女の子なんだ。凄いね」
それだけ言うと、男は前に向き直り、あっさりとオリビアを置いて行った。あっという間に最後の直線コースを飛び、ゴールテープを切ると、下で見ている近隣住民たちがワーッと拍手で男を迎えた。
オリビアは一瞬の出来事に呆然とし、空中に浮かんだままその場にとどまった。
ハッと気が付いた時には、遅かった。後続の生徒たちが次々と自分を抜かし、ゴールしていった。オリビアは意気消沈したが、それでもなんとか10位でゴールして、ゆっくりと地上に降りていった。10位でも相当な好成績なので観客たちは大いに湧き上がったが、オリビアは顔を上げることも出来ない。