偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
望まぬ非公式レース
その後も他愛の無い話を延々と繰り返したあと、ステラ、クリスティと別れ一人部屋にぐったりと戻ったオリビアは、思った。
自分にはこの生活は合わない。友達との付き合いは、どうにも気疲れしてしまう。やはり自分は、図書館で勉強する方が性に合っている。
正直に言うと、遊んでいる間もずっと勉強の事が頭にあった。ペンを握っていないと落ち着かない。刺激的な遊びやカフェタイムもいいけれど、人にはそれぞれ自分に合った生き方があるのだ。今回の事はいい経験となった。これは前向きに生かしていこうと結論付けたが、何故かため息が出る。
「私って、友達もうまく作れないのかしら…」
寂しくないと言えば嘘になる。皆のように、魔法学会の特集チャンネルよりもラブロマンスのドラマの方が面白いと言えたら、どんなに盛り上がれるか。学業と遊びを割り切って青春を謳歌出来たら、どれだけ楽しいか。
才能のあるハヤトを素直に凄いと思えたなら、どれほど気が楽か……
「…ちょっと勉強、サボりすぎちゃったわね」
無理矢理頭を切り替えた。そろそろいつもの自分に戻ろう。ハヤトの件は明日にでもまた、別の対策を講じればいい。
そう考えたが、もう図書館は閉館の時間だ。しかしまだ寝るほど遅くもない。
──久しぶりに、ホウキの飛行練習でもしてみよう。
オリビアは制服の上から上着を羽織り、宿舎裏手の広場に出た。
***
「カーブでどうもスピードが落ちるのよね…」
辺りには誰もいなかった。冬の寒さが身に染みるが、この静寂にホッとする。空に上がり、目標を定めて何度も往復してみる。しかし、なかなか上手くいかない。今年こそはハヤトに勝ち、再び1位の栄光を手にしたいというのに。
「やっぱり難しいわ……」
もう一度、もう一度とやり直している内に、気が付けば日は完全に落ちていた。月明かりに、白い息が映える。ホウキの柄には普通科カラーの黄色いラインが入っているはずだが、暗くてそれも見えづらくなってきた。
それでも最近のモヤモヤした気持ちを振り払うように一心不乱に練習を重ねる。何もかも上手くいかないのが悔しくて、空中で「もう…」と小さく声を出していると、突然後ろから声が聞こえた。
「僕が教えようか」
「ぎゃあっ!!」
驚きのあまり叫んでしまう。振り返ると、今まで避け続けてきた男の姿が目の前にあった。
「ハヤ…な、なんで、ここに」
上手く喋れない。
「君がホウキで飛んでいるのを宿舎の窓から見つけたのさ」
「びっくりさせないでよ…!落ちちゃう所だったじゃない!」
オリビアはハヤトに背を向けて飛び始めた。逃げるためだ。急いで高く舞い、スピードを全開にする。2人きりは避けたかったのに、見つかってしまった。
「待ってよ!」
ハヤトの声がした。
「来ないで!」
「僕は君と話がしたいだけだ」
「嘘!!」
恐怖でホウキを掴む手が震えるが、夜の空を闇雲に飛んで逃げた。彼を振り切れるとは思えないが、拒絶の意志を感じ取って欲しかった。
ハヤトが追ってくる風の音がする。
「ねぇ、オリビア!」
「絶対に嫌!!」
「……分かった」
ようやく後ろを飛ぶ気配が消えた。チラッと振り返っても何もいない。しかし諦めたのかと安心して前に向き直ると、すぐそこにハヤトが浮いているのが見えた。
「きゃああ!!」
急ブレーキをかけて止まり、暴れる心臓を押さえつける。全く分からなかった。いつの間に追い越されたのだろうか。
「僕には敵わないよ」
ハヤトが勝ち誇ったように目を細めた。オリビアは先程の練習の疲れもあり、降参するしか無かった。
「わ、分かった。話しましょう」
「とりあえず、降りようよ」
ハヤトに促され、そのまま真下の地上へ降り立つ。必死で飛んだので、ここがどこだか分からない。
「はぁ、はぁ…ここは……」
暗くてよく見えないが、息を整えながら辺りを見回すと、川が確認出来た。河川敷のような場所だろうか。
「そう遠くないんじゃないかな。校舎も向こうに見えるし、心配無いよ」
ハヤトは笑顔だ。全く息切れしていない。
「……はぁ」
「せっかくだから、ちょっと座ろうよ」
ハヤトが指差した先には、ベンチがあった。ぽつんと立っている細長い外灯に、こうこうと照らされている。
オリビアは渋々従った。最悪だ。また捕まってしまった。