偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される

本物の力を目の当たりに



500人もの生徒が全員ゴールするまでには、時間がかかる。
ゴールした後は表彰式まで、各自自由に過ごす。オリビアはいつもなら、この時間にマリア先生に1位になったことを褒めて貰いに行っていた。しかし、今日はゴール付近の地上で呆然と立ち尽くしていた。ショックで、動けない。

自分より遥かに早くゴールした男は、水飲み場の近くで色んな先生に囲まれ、賞賛されていた。よく見ると、その中にマリア先生もいる。オリビアはそのことにもショックを受けた。彼を称えている先生たちは皆、笑顔だ。

やがて、遅れてゴールした普通科のクラスメイトたちがオリビアの周りに集まった。

「ふぅ。疲れたな。で、どうだった!?オリビア、なんか速いヤツいたよな。でも、勝てたよな!?お前ら、速すぎ。もう見えなかったよ」

「いくら速くてもオリビアの敵じゃないわよね!」

オリビアが負けたとは夢にも思わないらしい。明るく笑いながら聞いてくる。
しかし、オリビアは何も答えない。彼らは彼女の暗い表情で全てを察した。

「オリビア……?」

「…………」

「えっ……まさか、本当に……?嘘よね……?」

「そんなに速いヤツなのか?すげーな、あいつ…」

クラスメイトらは動揺した。オリビアは仲間たちを気遣い、パッと顔を上げて笑顔を作ってみせた。

「ええ、負けちゃったの。どこの科かしら?凄く速い人だったわ。残念だけど、仕方ないわね」

明るく答えたオリビアに彼らは安心し、励ました。

「はは、びっくりしたよ。そういうこともあるんだな。大丈夫だよ。俺たちなんて、400番台だぜ!?こいつらとのろのろ喋りながらゴールしたんだよ?な!」

「あはは、そうよ、これはこれで楽しいものよ!元気出してね」

優しい言葉に、オリビアは微笑み返す。

「ふふ、ありがとう。大丈夫よ。次、頑張るからいいわ」

「おう。じゃ、水でも飲んでくるか。オリビアも行く?」

「私はまだここに居るわね」

「そっか。じゃ、また後でな!」

「あ、俺も行く!」

クラスメイトたちを見送った後、オリビアは俯いて自分の足下を見つめていた。目の奥から涙がこみあげてきた。誰も見ていないし、このまま泣いてしまおうか。そう思ったが、男がいる方が何やら騒がしくなったため、顔を上げた。

見ると、水を飲みに行ったはずのクラスメイトたちが、男の周りに群がっていた。すげーな、という声がここまで聞こえてくる。男が何か聞くと、クラスメイトたちは笑顔でオリビアの元へ連れて来た。

男がオリビアの前に立った。改めて見ると、細身だが背が高い。180cm以上あるだろう。オリビアは見上げていた目をすぐに逸らした。ふてくされている。

「オリビア!こいつ、今日からの転校生だって!しかも、トップクラス生!!どうりで見た事無いと思ったよな」

クラスメイトが男を紹介した。彼が持っていたホウキは、よく見ると柄に緑色のラインが入っていた。特別進学科のクラスカラーである。

「……ああ、なるほどね。転校初日でいきなり大会1位、良かったですね」

オリビアは男を見ることなく、素っ気なく返した。
男がオリビアに笑顔で話しかける。

「うん、ありがとう。君、オリビアっていうの?僕は、ハヤト・ヤーノルド。よろしく」

「……オリビア・ポットよ」

「オリビア、君、凄く速かったね。びっくりしたよ。ちゃんと最後まで飛べば2位だったのに」


ハヤトが右手を差し出した。オリビアはカチンとくる。ハヤトの手をチラリと見て、無視する。初めて見るオリビアの不機嫌な態度に、クラスメイトたちは戸惑った。

「えっと、オリビア、握手しようぜ。ハヤト、さっき速かった子と話がしたいって言うから、お前のことだと思って、ここに連れて来たんだ。な?」

「…………」

オリビアは黙って、横を向く。

「オリビアったら……あの、ハヤトくん、ごめんね。オリビアは、あなたに負けて悔しいのよ。オリビアって、凄いの。天才なのよ。テストでもいつも1位。ホウキレースでも、授業の時から毎回ダントツで。だから…ちょっとその、あたしたちもびっくりしてて…」

女子生徒は、オリビアをフォローするように言った。

ハヤトは驚いた顔をした。

「ああ、学年一なんだね。あれで」

オリビアにハヤトの言葉が突き刺さった。クラスメイトたちも、苦笑いでオリビアを見る。オリビアの顔はみるみる赤くなる。

「なっ…………何よ、あれで、って。大体、さっきのは何?どうして、私と並走なんかしたの?大会なのに、わざわざスピードを落として!」

オリビアはクラスメイトの前だが、怒りを抑えられない様子だ。

「え?いや、僕のスピードを見ても、誰かが諦めないでついて来ようとしてるから…頑張るなと思って。どんな人か見てみたかったんだよ」

「…!ずいぶんと上から目線ね…!」

ワナワナと震えるオリビアに、クラスメイトたちは慌てて取り繕う。

「まあまあ、落ち着けよオリビア。ハヤト、悪気は無いって。本心で褒めてると思うぞ?」

「………っ」

オリビアは仲間になだめられ、我に返った。必死に冷静になろうとした。

(落ち着くのよ!クールに…!)

握りしめていた拳をゆるめてハヤトを見上げると、目が合った。ハヤトは、クラスメイトたちがオリビアを見てる隙に、オリビアに向かってニヤリと笑いかけた。完全に挑発している。

「っ!!」

オリビアは悔しさで怒りが爆発した。カッとなってハヤトを怒鳴りつける。

「なに、その顔は……!?馬鹿にしてるの!?」

「え?何のこと?」

ハヤトはわざとらしく首をかしげた。

「とぼけないで……っ!」

「オリビア……?」

クラスメイトたちは、オリビアがさらに怒り始めたので、何が何だか分からないでいる。

「もういい。表彰式が始まるわ。さっさとあなたも並びなさいよ!1位の賞状貰うんでしょ!」

オリビアはクラスメイトたちの心配をよそに、先に戻ってしまった。

残されたハヤトとクラスメイトは、あ然としていた。

「どうしたんだよ、オリビアのやつ。今まであんな態度したことなかったのに」

「オリビアがあんなに怒ったの、初めて見たわよ」

「あいつ、プライド高かったんだ。よっぽど負けたのがショックだったんだろうな。ま、ハヤト、気にするなよ」

男子生徒がハヤトの肩をポンと叩いた。

「うん、してないよ。こういうの、慣れてるんだ」

ハヤトは本当に気にも留めていないのか、爽やかな笑顔で答えて、付け加えた。

「…逆恨みしそうだね、彼女も」



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