偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
話題の2人
放課後、再び話題の中心にされそうになったオリビアは大急ぎでカバンを抱え、渡り廊下を越えて図書館にやって来た。
彼女にとってここはもはや帰る場所であり、唯一落ち着ける空間でもある。日中は一般にも開放していて多少は人も入るらしいが、この時間に自分以外の利用者にはほとんど会わない。早歩きでいつもの窓際の席を目指して歩き、雑に座った。机に突っ伏し、大きくため息をつく。
「はぁっ…頭に来るわ…」
オリビアの独り言が誰もいない静かな空間に響いて消える。
(何がチャンスをやれ、よ。皆何も知らないくせに、好き勝手言って…ハヤトもよ!どうしてあんなに他人事みたいに落ち着いていられるの?あぁ、いっその事、皆の前で振ってやれば良かった!!)
オリビアが苛立ちを抑えようと深呼吸をしていると、後ろでガラリと扉が開く音が聞こえてきた。近づく足音に、顔を上げずに文句をぶつける。
「もうほっといて…」
「やぁ、お待たせ」
「待ってないから、帰っていいわよ」
やはりハヤトだ。オリビアは彼を確認すると、氷のような目つきで冷たく言い放った。
「つれないね」
「当たり前よ」
「今日は大変だったね」
ハヤトはこれ見よがしに肩をすくめてみせる。
「クラス中に僕の気持ちがバレちゃったね。参ったよ。これから魔法学の授業は憂鬱だな」
「………わざとらしい」
「ん?なんのことかな」
「とぼけないで。眉ひとつ動かさないで構えておいて。私知ってるのよ。あなた、自分で噂流したでしょう………こうなるように!」
オリビアは、苛立ちを込めてハヤトを見上げた。
「あれ?どうして分かったの?」
「クラスの子が言ってたわよ。ハヤト君は周りから固めてるって」
「あはは、鋭いね。でも思った通り、皆すっかり僕の恋を応援してくれてるよ」
「ねぇ、やめてくれる?こんなことされても迷惑よ」
真剣な目をして訴えても、ハヤトはどこ吹く風だ。
「君がいつまで経っても僕を受け入れてくれないからだよ」
「受け入れようとする前に、あなたがすぐ手を出してくるからでしょう!」
「好きなんだから、仕方ないじゃないか」
隣に座って手を握られ、反射的に振り払う。
「触んないでっ」
「そんなに嫌がられるなんて、悲しいなぁ。昨日はあんなに気持ち良さそうにして──」
「それ以上言ったら、本気で怒るわよ…」
ワナワナと拳を震わせながら、怒りを露わにした。ハヤトはそれを見ても楽しそうに笑うだけである。
「冗談だよ」
「この、ド変態……”そういうの、興味無い”んじゃなかったの?」
オリビアは教室での彼の発言を嫌味たっぷりに真似した。
「うん。紙には興味無いよ。僕は生身じゃないと興奮しない」
「本当に変わってるわねっ!雑誌で喜んでた男子たちが可愛く見えてくるわ」
「でもさ、思ったより食いつかれちゃって驚いたよ。あの後あいつらに詰め寄られて、君の事を聞かれたりして」
「ね、ねぇ、昨日の話とか言ってないでしょうね」
「……」
「嘘でしょ?喋っちゃったの?」
「ダメだった?」
背筋が凍る。オリビアの顔がサッと青ざめていくのを見て、ハヤトは笑った。
「嘘嘘、言ってないよ」
「……!」
「痛っ!!」
ハヤトはオリビアに思い切り肩を叩かれ、笑いながらさする。
「…それにね、皆が皆自分の味方だと思わない方がいいわよ。あなたのファンがいるんだか知らないけど、私への悪口まで聞こえてきたんだから」
何でも出来る上に優しく、穏やかなハヤトはモテると聞いた。彼に想いを寄せている女子も多いはずだ。それなら、怒りの矛先が自分に来てもおかしくない。
「えっ、それは悪かった、僕はそうならないためにもああしたつもりだったんだけど…」
「……あなたは目立つんだから、自分の発言には慎重になってね」
「分かったよ。いい作戦だと思ったんだけど。まぁいいか、君が顔を真っ赤にさせて恥ずかしがってるのを見られたから」
「……そろそろ勉強させて。最近、凄くしつこい人につきまとわれて、全然出来ていないの」
「それはかわいそうに。早く追い払わないと」
「ええ、だから帰ってくれる?」
「僕が守るから、隣で見ていてもいいかい?」
「ダメ」
「いいじゃないか。久しぶりにここで会えたんだし」
「…はぁ…分かったわよ。どうぞご勝手に!」
全く引かないハヤトに、オリビアはイライラと承諾した。
「ありがとう。優しいな君は」
「うるさいわよ。人が勉強してる所を見るなんて相当な暇人ね。どうせならあなたもやったら!?見てるだけじゃなくて」
オリビアはようやく教科書を開いて、黄色い羽根ペンを持った。
「はい、分かりました。先生」
「先生じゃない!」
ハヤトはクスクス笑う。オリビアをからかうのが楽しくて仕方ない。
「ところで先生、素敵な羽根ペンですね。それはどこで手に入れたんでしょう」
「あっ!」
ハヤトに貰った黄色い羽根ペンが見つかる。慌てて教科書の下に隠そうとしたが、もう遅い。
「し、しまった、隠しとくんだった……」
自分の顔が熱くなるのを感じる。
「それ、大事にしてくれていたんだね」
「ち、違うわよ、たまたま前のが壊れたから……」
「嬉しいよ」
ハヤトが、優しく微笑む。
「う、ううっ……もうっ、集中できないっ……」
オリビアは頬杖をつくふりをして、手で赤く染まった顔を覆った。
「おや、照れてるのかな?可愛いね」
「だっ、黙りなさい…」